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「日曜小説」 マンホールの中で 3 第三章 5

2020.08.22 22:00

「日曜小説」 マンホールの中で 3

第三章 5


「まさか爺さんがあんな手を使うとはなぁ」

「わしもなかなかやるだろう」

「ああ、まあ、そうだが」

 次郎吉からすればまさかであった。前回、少し黙っていた後、次郎吉と善之助はもう少し話していた。その中で「自分ならばどこに隠すか」ということを話したのである。その中で話が出てきたのは、「やはり自分の身近なところにおいておくに違いない」という話になったのだ。

 しかし、郷田雅和の場合、「自宅」「愛人宅」「事務所」「風俗店」「宝石店」など様々な「拠点」があるのだ。その中のどこに置くのかということを話し合う段階になった。次郎吉は「当然に、宝石店であろう」と思っていた。理由は宝石店が最も宝石を保管しやすいし、また警備体制もしっかりしている。そのうえ、金庫なども大きく、一度盗みに入ったことがある次郎吉にしてみれば、事務所も地下まで続いているかなり大きな事務所ということである。そのような安全な場所に当然においておくはずだというように思っていたのである。

 しかし、善之助は全く異なることを言っていた。間違いなく「自宅」であるというように言ったのである。この宝石、つまり「東山資金」に関していえば、組織の話ではなく、自分の個人、もっと言えば郷田の家の話である。当然に、自分のところにある宝石も含めて、それを持っていることが自分のステータスにつながるということになるのである。

つまり、その宝石を他の人に万が一持たれてしまっては自分のステータスが崩れるきっかけとなってしまう。もちろん、そのような宝石を、例えば善之助自身が持っていても何の意味もない。それは善之助が組織の中の人間ではないので、その人が持っていても組織の中の意味を全くなさないのである。

しかし、組織の中の人間がその宝石を持つことによって、郷田雅和の地位を脅かすものになるはずだ。つまり、その宝石をもって意味があるのは、郷田を内心快く思っていない郷田の部下でありまたは、郷田の組織の中にいながら外部の他の組織とつながっている裏切り者なのである。そのような状況の場合、その宝石を事務所や他の組織につながっている可能性がある人間の目のつく場所に置くだろうか。そんなことはない。当然に、自分が最も安心できる場所である自宅に置くはずなのである。

 ここで疑問になるのは「なぜ愛人宅ではないのか」ということなのである。これも善之助の仮説であるならば、愛人はどこかの回し者かもしれないし、スパイかもしれない。また年齢の差がありすぎるので、郷田家の秘密などは託せるはずがない単なる「遊び相手」でしかないのである。それならば、普段は冷え切った関係であるかもしれないが、郷田家の資産でありなおかつ郷田の家のことである自宅に置くはずであるという。

なおかつ、単純に資産が出てきたときに良いというだけではなく、その宝石を他の者に取られてしまったら、自分たちのステータスが少なくなるという意味で、もっと大きな問題が残るのは、まさに、自宅なのである。ある意味で「郷田の家の究極の利害関係人」ということができるのではないか。

 まさにこのようなことから「自宅であろう」ということを予想したのである。そして、それまでに、その二つに絞って次郎吉がどちらにあるか調べてくることになった。

「それがちょうど郷田の自宅に確かめに行った日だったんだよ」

「そうか、そりゃ災難だったなあ」

「ああ」

 次郎吉が、ちょうど調べに郷田の自宅に入った時であった。もちろん「入った」などといってもまともに入るはずがない。泥棒が入るというのは忍び込むということである。暴力団組織のトップの自宅だけあって、ドーベルマン犬が二匹広い庭を走っているし、すべての壁の上には鉄条網、当然ん監視カメラもあれば、銃で武装している若い衆が何人も見回りしているという状況である。そのような中に何とか忍び込むと、そこに、白いワゴン車が6台も止まったのである。

「いやいや、小林さんとちょっと話をしたらな。小林さんが、自分のところの宝石が自分の宝石と違うというものだから」

「爺さんは要するに小林の婆さんに」

「そうだ、あの宝石を郷田のところで見かけた人がいるといってやったんだ。そうしたら、小林さんがそれならば郷田のところに間違いがないといって、いきなり警察に行ったんだよ」

 次郎吉が郷田の家の離れの横の木の上で見ていると、6台の白いワゴン車から段ボール箱を山ほど持った警察官が入ってきたのである。

「まさか、捜索令状を持ってくるとはね」

「いや、普通は考えられないのだが、小林さんの証言だけで、あそこまでやるとは思わなかった。もしかしたら、警察の上層部とかも東山資金に関して何かを知っているのかもしれないなあ」

 次郎吉は、目の前の缶コーヒーを飲んだ。

「そのまま母屋の中に入ったら、意外にも、自宅の雅和の所在ではなく、寝室のベッドの下に隠し金庫があって、そこに宝石が入っていたんだ。あれは盗みに入ってもなかなか見えるものではない。ついでに、その中から拳銃が出てきて、雅和が逮捕されて行ってしまったんだよ。しかし、爺さん。まさか宝石を探すのに、警察にがさ入れさせるとは思ってもみなかったな」

「いや、小林さんが勝手にね」

 善之助にとってもまさかの展開であった。しかし、それで少なくとも郷田雅和という人間は数年間刑務所から出てくることはない。

「しかし、今度は警察の証拠保管室にある宝石を取ってこなきゃならなくなったんだ。小林さんの手元に戻るのは、裁判の後ということになるし、また、郷田の宝石はそのまま郷田のところに戻ってしまうから、また盗むことができなくなってしまう。もともと郷田の持ち物だし、また、ベッドの下の金庫の中に隠すとは思えないからね。その場合、郷田のところに戻す前に、あの宝石を持ってこなきゃならないということになるんだ」

「そうなるか。しかし、警察の証拠保管庫はなかなか難しいぞ」

 善之助はもともと警察官であるから、どこに証拠保管室があるかもよく知っているし、そこの警備体制もよく知っているのである。

「まあ、確かにあまり良い場所ではないし、これから裁判だから、証拠がないわけにもいかないしな」

 次郎吉は腕を組んで考えるしかなかった。ある意味で、郷田のところにあるよりもはるかに難しいミッションなのである。

「でもやるしかないか」

 次郎吉はそれだけ言うと、また外に出て行った。