紀貫之の和歌。貫之集2
紀貫之家集
已下據『歌仙歌集三』刊行年出版社校訂者等不明。
解題云如已下自撰の集ありしこと後拾遺集大鏡などにみえたれど今のは少なくとももとのまゝにはあらざるべし
貫之集第二
延喜十八年二月女四のみこ[やイ]の御かみあけのれうの御屏風のうたうちのめしゝにたてまつる
正月
やまのはを見さらましかははる霞たてるもしらてへぬへかりけり
二月
み[よイ]るひともなきあをやきのいとなれは吹くる風にかつみたれつゝ
三月
うつろはぬまつのなたてにあやなくも宿れる藤のさきてちるかな
七月
をきのはのそよくおとこそあきかせのひとにしらるゝはしめなりけれ[拾遺]
八月
あま雲のよそのものとはしりなからめつらしきかな鴈のはつ聲
九月
いつれをかはなとはわかんなか月のありあけのつきにまかふしら菊
十月
なかれくる紅葉ゝみれはから錦たきのいとしておれるなりけり
十二月
このまよりかせにまかせてふるゆきをはるくるまてははなかとそみる
延喜十八年四月二十六日東宮の御屏風軒のうた
さくらのはなのもとに人ゝのをるところ
かつみつゝあかすと思ふにさくら花散なむのちそかねてこひしき
いけ[きし]のほとりにふちの花咲たる所
みつにさへはるやくるゝとたちかへりいけのふち波をりつゝそみる
はらへしたるところ
このかはにはらへてなかすことの葉はなみのはなにそたくふへらなる
七日ひこほしみるところ
天の川よふかくきみはわたるともひとしれすとはおもはさらなん
をとこのはきのはなみたるところ
おなし枝にはなはさけれとあき萩のしたはにわきてこゝろをそやる
こたかゝりしたる所
花のいろを久しきものと思はねは我はやま路をかりにこそみれ
おほたかゝりしたるところ
はなにのみ見えしやまの[へイ]をふゆくれはさかりたになく霜かれにけり
雪の降れる所
春ちかくなりぬる[ゆく]冬のおほそらははなをかねてそゆきはふりける
延喜[十イ入]八年承香殿女御御屏風の哥おほせによりてたてまつる十四首
梅の花咲ける所
うめのはなまた散らねともゆくみつのそこにうつれるかけそ見えける
たひをかへるかりともあり
ともともとおもひ來つれと鴈かねはおなし里へもかへらさりけり
まつにかゝれる藤
うつろはぬいろににるともなきものを松かえにのみ[しもイ]かゝるふち波
ひとのはるのゝにあそふところ
春ふかくなりぬるときの野へみれはくさのみとりも色まさりけり
散櫻
おなしいろにちりしまかへはさくら花ふりにしゆきのかたみとそみる
かはのほとりの松
まつをのみときはと思へはよとゝもになかるゝ[れてイ]水もみとりなりけり[拾遺]
やな
やなみれはかは風いたくふくときはなみのはなさへおちまさりける
ひとのいへのいけのほとりの松のしたにゐてかせのおときける
雨ふると吹まつ風はきこゆれといけのみきははまさらさりけり[拾遺]
をんなともむれゐて秋の花の散るをみたり
はなのいろはあまたみゆれとひとしれすはきのしたはそなかめられける
をんなのいへにをとこいたりてまかきの尾はなのもとにたてり
吹風になひくをはなをうちつけにまねく袖かとたのみ[おもひイ]ける哉
なかつきのつこもりにをんな車もみちのちるなかをすきたり
紅葉ゝのぬさとも散か秋はつるたつたひめこそかへるへらなれ
つきのもとのしらきく
いろそむるものならなくにつきかけのうつれるやとのしらきくのはな
道行人のまつのゆき見たる
しろたへにゆきのふれゝはこまつ原いろのみとりもかくろへにけり
人家に佛名のあしたに導師のかへるついてにほふしをとことも庭におりたちてとかくあるあひたに雪のふりかゝれる梅花折れる
うめの花をりしまかへは足引のやま路のゆきの思ほゆるかな
延喜十九年春東宮御息所の御屏風の料内よりめしゝ十六首
子日の松のもとに人ゝいたりあそふ
春のいろはまたあさけれとかねてよりみとりふかくもそめてける[そめるまつイ]哉
三月花ちる
かせふけはかたもさためすちるはなをいつかたへゆくはるとかはみん
ねやまへにふちのはなまつにかゝれる
ふちのはなもとより見すはむらさきにさける松とそおとろかれまし
車にのれるひとかもにまうつ
ひともみなかつらかさして千早振神のみあれにあふひなりけり
五月五日
あやめ草ねなかきいのちつけはこそけふとしなれはひとのひくらめ
六月はらへ
おほぬさのかはの瀨ことになかれても千とせの夏はなつはらへせん
うらになくつるをきける
ちとせふとわかきくなへにあしたつのなきわたるなるこゑのはるけさ
をはなをみる
いつとてもひとやはかくす花すゝきなとかあきしもほにはいつらん
九月きくみたる
秋ことに露はおけとも菊のはなひとのよはひはくれすそありける
みちゆくひとのしくれにあへる
みちすゝにしくれにあひぬいとゝしくほしあへぬ袖のぬれにける哉
りんしのまつり
やまゐもてすれるころものなかけれはなかくそ我は神につかへん[新勅撰]
雪のふれる
春くれとくさ木に花のさくほとはふりくるゆきのこゝろなりけり
延喜二年五月中宮の御屏風の和哥二十六首
あつまりて元日さけのむところ
きのふよりをちをはしらすもゝとせのはるのはしめはけふにそありける[拾遺]
ねのひ
もとよりの松をはおきてけふはなほおきふし春のいろをこそみれ
二月うめのはなみる所
山里にすむかひあるは梅の花みつゝうくひすきくにそありける
たかへすところ
わすらるゝときしなけれははるの田をかへすかへすそひとはこひしき
三月やまてらに[へイ]まゐる
足引の山をゆきかひひとしれす思ふこゝろのこともならなん
三月つこもりのひはなおつる[落花イ]所
散花のもとにきつゝそ[きてこそイ]いとゝしく[くれはつるイ]春のをしさも[はイ]まさるへらなる[れイ]
四月おほみわのまつりのつかひ
いつれをかしるしとおもはんみわの山みえとみゆるはすきにさり[そありイ]ける[拾遺]
うまにのりたるひとおほくゆく
ゆくかうへにはやくゆけ駒神かきのみむろのやまのやまかつらせん
ひとのいへのかきねのうのはな
けふもまた[きみならてイ]のちもわすれししろたへのうのはなさける[にほふイ]やとゝみつれは
五月たひひとやまのほとりにやとりてほとゝきすをきく
やま里にたひねよにせしほとゝきす聲きゝそめてなかゐしつ[ぬイ]へし
あめのうちにたうゝる所
時すきはさなへもいたくおいぬへみ雨にも田子はさはらさりけり
六月すゝみするところ
なつころも-うすきかひなし-あきまては-このしたかせも-やますふかなむ
うかは[かゝり火イ]
おほ空にあらぬものから川かみにほしとそ見ゆるかゝりひの影
七月七日をんなともそらを見る
ひとしれすそらをなかめてあまのかは波うちつけに物をこそ思へ
田まもる家ほあるところ
かりほにて日さへへにけりあき風にわさたかりかねはやもなかなん
八月人ゝあまたひとのいへの花をほりうゝる[數人掘花イ]所
みるひともなきやと[のへイ]なれはいろことにほかへうつろふ花にそありける
鹿鳴花
さをしかやいかゝいひけむあきはきのにほふときしもつまをこふらん
九月きりやまをこめたり
ちりぬへきやまのもみちをあきゝりのやすくもみせすたちかくすらん[拾遺]
かはのわたりにふねあるところ
やまちにはひとやまとはんかはきりのたちこぬさきにいさわたりなん
十月きくのはな
うすくこくいろそみえけるきくのはなつゆやこゝろをわきておくらん
十月あしかりつみたる所
なにはめのころもほすとてかりてたくあしひのけふりたゝぬひそなき[新古今]
十二月人ゆきてうめをみる
降雪にいろは[しイ]まかへはうちつけに梅をみるさへさむくそありける
延喜二年ひたりのおとゝの北の方御五十賀屏風料うた十首
鶴
かひかねのやまさとみれはあしたつのいのちをもたるひとそすみける
たこのうら
吹風にあかすおもひてうらなみのかすにはきみかとしをよせけり
あふさか山
きみとなほ千とせのはるにあふさかのしみつはわれもくまんとそおもふ
かめやま
かめやまのかけをうつしてゆくみつにこきくるふねはいくよへぬらん
しらはま
きみかよのとしのかすをはしろたへのはまのまさことたれかいひけん
むろふ
よとゝもにゆきかふ舟をみること[からイ]にほにいてゝきみをちとせとそおもふ
まつかさき
たなひかぬときこそなけれあまもなきまつかさきよりみゆるしら雲
さか野
手ことにそひとはをりけるきみかためゆくすゑとほきあきのゝのはき[花イ]
うちのあしろ
おちつもるもみち葉見れはもゝとせのあきのとまりはあらしなりけり
かへのやしろ
かけとのみたのむかひありてつゆ霜に色かはりせぬかへのやしろか
うめのはら
うめのはなおほかるさとにうくひすのふゆこもりしてはるをまつらん
よしのやま
みよしのゝよしのゝやまはもゝとせのゆきのみつもるところなりけり
延長四年八月二十四日きよつらの民部卿六十賀つねすけの中納言内方せられける
かすかののわかなもきみをいのらなんたかためにつむはるならなくに
はるさくらとまつとのもとにいたる所
さくらはなちらぬ松にもならはなんいろことことに見つゝ世をへん
ひとのいへにさくらのおほくさけるところ
我宿にはるこそおほく來にけらしさけるさくらのかきりなけれは[きかなイ]
もゝのはなをんなのもとのをるところ
君かため我をるはなははるとほく[ふかくイ]千とせみたるををりつゝそさく
ひとのふねにのりてふちをみたる所
をりつみてはやこきかへれふちのはなはるはふかくそいろはみえける
をんなとものたき見たる所
いとゝさへみえてなかるゝ瀧なれはたゆへくもあらすぬけるしら玉
まつのもとよりいつみのなかれたるところ
松のねにいつるいつみの水なれはおなしきものをたえしとそ思ふ
秋のはなともうゑたるところ
いはひつゝうゑたるやとの花なれはおもふかことのいろこかりけり
うまくるまにのりてひとの秋花みたるところ
かきりなく我おもふひとのゆくのへはいろや千くさにはなそさきける
しかのはきのはなのなかにたてる所
さを鹿の尾上にさける秋はきをしからみへぬるとしそしられぬ
きくのはなのさけるところ
きくのはなうゑたるやとのあやしきは老てふことをしらぬなりけり
つるのいけのほとりにある所
さゝら波よするところ[みきはイ]にすむつるは[やイ]君かへん世のしるへなるらん
をんなとものもみちひろふところ
散るかうへにちりしつもれは紅葉ゝをひろふ數こそしられさりけれ
人の家にもみちの河のうへにちりかゝるところ
紅葉散木のした水をみるときはいろくさくさに波そたちける
かくらせるところ
あしひきの山のさかみつときはなるかけにさかゆるかみのきねかも[拾遺]
延長四年九月二十四日法皇の御六十賀京こくのみやすところのつかうまつり給ふときの御屏風のうた十一首
わかな
春たゝむすなはちことに君かため千とせつむへきわか菜なりけり
わかなおふるのへといふのへをきみかためよろつ代しめてつまむと思ふ
ねのひ
花ににすのとけきものははる霞たなひくのへの松にそありける
まつにかゝれるふち
まつ風のふかんかきりはうちはへてたゆへくもあらすさける藤波
たきのみつ
おもふこと瀧にあらなんなかれてもつきせぬものとやすくたのまん
いはほ
まつ[山イ]かせはふけとふかねとしら波のよするいはほそひさしかりける
こけなかくおふるいはほの久しさを君にくらへん心やあるらん
つるのむれゐたる所
かのみゆるたつのむら鳥きみにこ[とイ]そおのかよはひをまかす[おのかよよをはおもふイ]へらなれ[るイ]
きく
いかてなほ君か千とせを[はイ]きくの花をりつゝつゆにぬれんとそ思ふ
菊の花したゆく水にかけみれは-さらになみなくおいにける哉[せさりけりイ]
たけ
としことにおひそふたけのよゝをへてたえせぬ[かはらぬイ]色をたれとかはみん[新古今]
三條右大臣御屏風のうた
いたつらにおいにけるかな髙砂のまつやわか世[身イ]のはてをかたらん
ぬは玉の我くろかみもとしふれはたきのいとゝそなりぬへらなる
春霞立よらねはやみよしのゝ山にいまさへゆきのふるらん
いつしかもこえてんと思ふ足引の山になくなるよふこ鳥哉
あしひきのやましたゝきついは波のこゝろくたけてひとそ戀しき
鶯の花ふみしたく[ちらすイ]木のした[もとイ]はいたく雪ふる春へなりけり
浦ことにさきいつる波のはなみれはうみには春も暮ぬなりけり
梅の馨のかきりなけれはをるひとのてにもそてにもしみにけるかな
とふひともなき宿なれとくる春はやへむくらにもさはらさりけり[新勅撰]
雪宿るしら雲たにもかよはすはこのやま里はすみうからまし
玉もかるあまのゆきかひさすさをのなかくやひとをうらみわたらん[拾遺]
この宿のひとにもあはてあさかほの花をのみ見て我やかへらん
うつろふをいとふと思ひて常磐なる山には秋もこえすそありける
とし月のかはるもしらて[すイ]我宿のときはの松のいろをこそみれ
久かたのつき影みれは難波かたしほもたかくそなりぬへらなる
つなてときいまはと舟をこきいては[のさしていなはイ]我はなみ路をこえやわたらん
山たかみこすゑをわけてなかれ出[來イ]る瀧にたくひておつる紅葉ゝ
さゝの葉のさえつるなへに足引の山にはゆきそふりまさりける
きみまさはさむさもしらしみよしのゝ
よしのゝやまに
ゆきはふるとも