中沢新一 『虹の理論』
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【中沢新一 『虹の理論』】 より
虹、というものに心魅かれてやみません 雨上がりの空に架かる、あの虹だけでなく
というか、あの空の虹に出会う機会は少ないですが 日々、水辺やガラス越しや、そして何より掌の中で、様々な石の内側や表面に現れる魅惑的な色彩のグラデーション
ちらりと目に入った瞬間から その虜になってしまいます
いったいなぜ、何にそんなに心魅かれるのか虹の魅力とはいったい何なんだろうと思います
虹の色彩は、この空間の透明な光の中から 波長ごとのまとまりとなって私たちの目の前に現れ 色というものを混ぜ合わせていくと きれいな鮮やかな色たちも、やがて黒く塗りこめられる この透明な光と真黒な固まりの中に あまねく、自在に存在しているものが虹の色 目の前にあって、触れることが出来ないようでいて それでもこの世は虹の色彩なしに存在しえない
言い換えれば、この世は虹でできている 色即是空、空即是色・・・
光と物質の間を満たし、私たちの目に映る世界に 形や質感や、さまざまな情感を与える虹の色はそのまま般若心経の言葉と重なるようにも思えます
中沢新一 著 『虹の理論』 新潮社
昭和62年、20年近く前に書かれた本ですが感覚的に響く、とてもワクワクする本でした
『Theorie de l'arc-en-ciel』
“l'arc-en-ciel”という名前は聞いたことがあっても それが“虹”という意味だとは知りませんでした arcは弧、cielは天空と、今さらながら分解してみれば なるほど、その名前を持つ人たちの 繊細で美しい世界の表現が納得できる気がしました
この本は二部構成になっていて、目次は
* 虹の理論
* 虹の理論 2
人類学者の手記
作庭家の手記
タントリストの手記
* ファルマコスの島
* ファルマコスの島 2
* エリアーデのために
* ハッピー・エンド
となっており、それぞれ完結しています
虹に対して、いろいろな切り口でアプローチして 組み立てられているのかと思い込んでいて これはどう虹に繋がっていくのだろうと ドキドキ考えながら読んでいたのですが
「あとがき」と巻末の初出一覧までいってようやく それぞれが『新潮』などに掲載されたり あるいはあらためて書き下ろされた“8つの科学的寓話”であったことに気づきました
各章から心に響いたことを覚え書きとして・・・
〈虹の理論〉
著者シンのもとに届いたオーストラリア大陸のアボリジニーの聖地にある赤岩とそこに立ち上る虹の絵はがきをめぐってその地を訪れ絵はがきを送った友人K・Aとの往復書簡オーストラリアのアボリジニーたちにとってネパールの小さな寺院の千里眼の少女と村人にとって
インドネシアの博物館にあるガネーシャとブタ・カーラの彫りもののこと
それらの見聞を通して二人が感じることを綴りつつ
「虹の光にみちる力が、われわれの身体に欲望と慈悲の力をわきたたせる」と
虹をダキニ女神に結びつけて書簡は閉じています
〈人類学者の手記〉
南米インディアンの毒の起源の神話から 毒と、それに似通った誘惑や病気はいずれも
「自然と文化のインターバルを極小化して、 ふたつが混合しあい、すばやくお互いの位置を交換しあうような、不思議な境界空間のようなものをつくりだす」
そして「色彩の連続的なグラデーションでできている虹は、やはり色彩と色彩のインターバルを極小にしてしまう」と表現しています
同じような状態をレヴィ=ストロ-スは全音階は安定したおおきなインターバルをもった
音どうしの組み合わせでできているのと対象的に“半音階”は「ひとつの音を、ごく短いインターバルをもった別の音に移行させる」と表現しそしてまた『トリスタンとイゾルデ』を例にして夜というものもまた、半音階的に昼の観念や思考の純粋さに対してあらゆるものが混ぜ合わされた状態あらゆるものが半音階的に流動的に移行する極小の変化によってつくられた緻密な空気をもつことそう畳みかけるように様々な角度から語って匂いと音と温度と手触りをもって虹の姿を立体的に見せてくれるようでした
〈作庭家の手記〉
千年も前、中世の日本には虹が立った場所には 市を立てなければという考えと風習があったこと 虹も市も空間の中に立ち上がるものである そして虹は天と地の間で、市は社会の中で しがらみを解いて結び直すという共通点を持つ 作庭もまた立上げるもの 庭園は、未来の庭園となるべき空間に石を立てる そこからすべての展開が始まるものである
浄土庭園は庭園空間の中に仏・菩薩という 見えないものの実在を立ち上がらせる
〈タントリストの手記〉
「虹が太陽光線と水蒸気のつくりだす光学現象にすぎないという説明は時間の本質を説明するのに時計のこまごまとした機械的な説明をするようなもの
世界のほんとうの姿は「虹の身体」をしている光のしぶきを噴きたてながら しなやかに流動していく虹 マンダラは世界の奥底でたえまなく起こっている 生成の現象の本質を、いいあてようとしている それはダイナミックな力の放射 最初のかたちの形成は、まさにこの まばゆい光彩流でできた虹の中で発生する さまざまに諧調の違う色彩が、虹の中から分かれてとびだしてくる その分光として、最初のかたちが生まれる」
上記、引用させていただいたり書き留めた以外にも 虹にまつわる魅惑的な表現がほとばしり 無邪気な子どもや深遠な思想家と同様に さらに私は虹に心魅かれ そして世界は、私が思っていたように成り立ち そこで生きていることをあたらめて嬉しく思いました
後半の〈ファルマコスの島〉からは 虹という題材からは離れていくようですが この一冊に一貫しているテーマは「両義性の記号からの脱出、あるいはその破壊」であると、あとがきに書かれています