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足りない乳酸菌について

2020.08.24 13:45

ここのところお腹がしょっちゅうキリリと痛みます。私はあまり腹痛に悩まされたことがなかったので少々戸惑っています。相談した友達にはビオフェルミンを勧められました。

『ヒトにはヒトの乳酸菌』

しかし、私に足りないのは乳酸菌ではありません。原因は腸内環境ではなく。

自動車学校です。

実は先週ごろから通っていて、再来週には卒業するとかしないとか。

と、この通り短期ですから作りすぎたおせち料理みたいなスケジュールです。つめつめです。過密です。(あれだけ密を避けろと言っているのに……)

案の定、ぎゅうと押し込まれた無理難題たちは私を忙殺しました。

ストレス。疲労。心労。etc,etc……

功労は仮免許証という形でやっとこさ帰ってきたりしましたとさ。おかえりなさい。

やってることといえば、ただ講義を聞いてテストして車に乗ってるだけです。しかし、ただ講義を聞いてテストをして車に乗っているだけなのにこれがゴリゴリと神経をすり減らしていきます。慣れないからでしょうか?話し相手が1人もいないからでしょうか?ともなって疲労も蓄積していき、たちまちあちこちが棒切れのように……

元来私なぞは体が弱いのです。稽古時間が長い時は出番がなくても稽古場にいるだけでスリップダメージをくらいます(RPGで毒の沼とかに入るとちくちく体力が削れるでしょう?あれです。)。ダメ出しの時は隅の方でニコニコしていたりしますが、実は虫の息だったりします。

では、周りの人はどうでしょうか?例えば今日、隣の5番の練習車に乗った女の子は同様にしんどかったんでしょうか?もしや驚くほど好調だったり?それとも自分なんかよりずっと満身創痍だったのでは?

けれども、例え私がえいやと心の壁をぶち壊して話しかけてみたとしてもそれをつまびらかにすることは不可能でしょう。

わからないのです。さっぱり。


ちょっと話は変わりますが、自動車の実技講習をやっていると教官に心ない言葉をかけられることがあります。

「もっと右いこうか」「そこ左寄せないと」「脱輪するよ」

至って普通ですね。

訂正。

「もっと右いこうか(呆れ)」「そこ左寄せないと(諦め)」「脱輪するよ(クソデカため息)」

頭ではわかっているんです。わかってはいるんですけど……

稽古をやっていてもたびたび思いますが私は普通乗用車よりも自分の体の免許が欲しい。

もちろん、そんな手厳しい(?)方はごく少数で多くの教官は菩薩の如き優しさで指導をしてくれるのですが、内心は夜叉なのだろうか……なんてそれはそれでご機嫌を伺ってしまいます。難儀。

しかし、恐らくどれだけ思索を巡らせてもそれは邪推です。私が何故?と思うように、教官も私たちの気持ちなど露ほどにもわからないのです。いや、もちろん教官とて若かりし頃は仮免の時もあったわけだからある程度わかってくれるでしょ?とも考えますがそれはずっと昔なわけで、今の私が小学生の時の私の悪巧みに全く首肯できないように昔の自分はいわばもう全く別の人なんです。

だからわからない。左折に手間取る私の心境も。左折に手間取っていたあの時の自分も、私もいずれ。


結局。ヒトの気持ちとか想いとかぴったり寄り添ってわかってはあげられないんだなって思うとき少し虚しくなって、またお腹がキリリと痛みます。

戯曲を読んで、表面で滑る自分の思考にうんざりします。

インタビューを聴いて、同じことを思っているとほっと胸を撫で下ろします。

舞台の上で、口からつくセリフが誰のものか探します。

観劇後の感想を話し合って、えもいえぬ隔たりに慄然とします。


近頃。演劇が目に見えて衰えていくように感じて、私の中のそれも穏やかに衰微しているように感じます。

私に足りないのはやはり乳酸菌かもしれません。

『ヒトにはヒトの乳酸菌』


お腹痛いのでもう寝ます。おやすみなさい。


高塚