インタビュー3人目 瀬戸口亮さん(後編)
こちらの記事の前に、まずは前編をお読み頂く事をオススメします。
―ういさんはCHAR BOYSを脱退してからどういうつながりがあったんですか?
脱退してから、バンド自体がだめになっていって、そこから僕はソロアルバムを作ろうと思ったんです。それで一緒に曲を作ったり、ういさんの詩を入れたり、でもそのソロアルバム自体だめになってしまったんですよ。2015年の頭ごろかな。なのでちょいちょい僕の家で会ったり、イベントで顔合わせたりはしてたかな。ツイッターでやりとりしたり。
―じゃあ脱退したからといってギスギスすることはなかったんですね。
そうですね、ただあっちがどう思っていたかはわからないけど。
自分は作り手としてのあの人の実力はどんだけやねんという恐ろしさとか底知れなさをアルバムに利用したかったのでちょろちょろっと三つぐらい朗読してもらったかな。あと歌物一曲。やっぱ、あの、すごかったです。
僕ポエトリーの方よりも実は歌い手としての声が好きで、そこがどうしても歌にしたかったなぁ…という。歌い手として好きで尊敬してました、僕もこういう風に歌えればなぁって。
だからあの “自縛ポエトリー” 、自分で自分を縛ったり、過激なことをやってて遠くから見てて大丈夫かなぁって。精神的に不安なところもありましたから。自分がやりたくてやっているのか、それとも誰かに求められてやっているのか。本人にはやめてなんて言えないけど、過激になっていけばいくほど…うーーーん 心配はしてたかな。
僕の本心としては、歌をやってほしかったかな
―CHAR BOYSに対する思いはきいたことありますか?
CHAR BOYSっていうバンドはメンバーがどれだけ変わっても、リーダーの僕だけになっても、僕がいなくなっても続くように考えていたんですよ。そしたらういさんが、「じゃあ私はずっと続ける、何があっても。それで私がおばあちゃんになった時に若い子にこんな変なバンドがあったんだよって言えたら素敵だね」って話を一緒にしたかな。
―瀬戸口さんから見て、ういさんはどんな人でしたか?
恐ろしい人。だから最初から最後までずっと怖かったです(笑)彼女はバンドをやってる時に僕のことをリーダーって呼んでたんですよ、それあんまなーって思ったんで伝えたけど、呼び続けてたかな。今はなぜか彼女のお母さんが僕のことリーダーって呼んでますね。
僕の印象は、ずっとすごい。なにやっててもぶっ飛んでる。ちょっと計り知れない才能。一緒にバンドやってて、一番度胸があったのも彼女だった。だからなんか…ものすごい才能だったんですよ、それが怖かった。
―最後の質問です。これから瀬戸口亮さんとしてういさんとどう向き合っていきたいですか?
彼女に対する後悔は、彼女とかかわった人全員あると思うんです。僕もあって、謝りたいこともたくさんあって、でももう遅い。インタビューで言わなかったことも言わないでおいたこともたくさんあるんですよ。後悔は有って、でもそれは抱えて生きていかなきゃならないと思う。ういさんへの思いは一年経っても変わってません。
でも、僕とういさんは友達じゃなかった。たまに会う人。知り合い。でもお互い気に掛け合ったり、失礼なことしたり。
いつか、彼女とやった未公開の曲とか詩の朗読とか公開できたらいいな。彼女の歌、やっぱ素晴らしくて。僕が死ぬまでには公開したいです。
◇
以上でインタビューを終わります。
CHAR BOYS、というバンドは検索してもわかりづらいバンドでした。
今回のインタビューで大まかには明かされたのではないでしょうか。
自縛ポエトリー/ういがポエトリーリーディングを始めるきっかけになった瀬戸口亮さんに詳しく話を伺うことが出来て少しでもわかった気がしました。
ありがとうございました!
(インタビュアー:行方不レ知)
瀬戸口亮 珈琲屋
『縛られるモノ』プロジェクトでは現在、自縛ポエトリー/ういとのエピソードのご提供を募っております。
自縛ポエトリー/ういとの交流の中で印象的だったやり取り、記憶に残っているライブパフォーマンス等.......些細な内容でも構いませんので、お寄せ頂けると嬉しいです。
詳細はこちらをご覧下さい。