#日経 #名嘉眞要 米中 #デカップリング論 危険 !!!!!
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侮れない米中「デカップリング」論
Global Economics Trends 編集委員 西村博之
西村 博之 Global Economics Trends
2019/12/8 2:00日本経済新聞 電子版
Global Economics Trends
世界的な関心を集める経済学の最前線の動きやトピックを紹介します。
米国と中国のデカップリング(分断)は起きるのか。
ワシントンや北京をはじめ、世界中の学者や当局者を巻き込んだ熱い論戦が繰り広げられている。
米中は1979年の国交正常化から一貫して経済関係を強めてきた。それが40年目を境に逆流しようとしている。
米トランプ政権がしかけた貿易戦争が技術や人、お金など広範な分野に波及し、両国間の亀裂を深めている。
ここへきて論争が一気に熱を帯びた背景には、いくつかのトランプ政権の動きがある。
第1が通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)などを狙い撃ちした執拗な中国ハイテク企業の締め出し策。
第2が米株式市場や株式指数、年金の運用対象から中国企業を排除することを政権が検討しているとの報道だ。ただし、政権側は「今のところ」計画はない、と思わせぶりな形で否定している。
そして極めつきはワシントンのシンクタンクでのペンス米副大統領の講演(Remarks by Vice President Pence at the Frederic V. Malek Memorial Lecture)だ。
「トランプ政権は中国とのデカップリングをめざすのかと聞かれるが、答えはノーだ」。
あえて否定してみせながら、中国の知的財産、補助金行政、監視政策などをこき下ろし、中国をおもんぱかる営業姿勢をとった特定企業を鋭く批判した。
言葉と裏腹に米中デカップリングの意図を強く印象づける結果となった。
今春、ポールソン米元財務長官が警告した「経済版の鉄のカーテン」(Remarks by Henry M. Paulson, Jr., on the Risks of an "Economic Iron Curtain")が、いよいよ米中を引き裂こうとしているのか。
デカップリングとは何だろう。正式な定義はないが、元オーストラリア首相で、米アジア・ソサエティ政策研究所所長のケビン・ラッド氏が広範な分析を行い、以下の5つの分野で米中双方から分断の動きが出ていると指摘する(To Decouple or Not to Decouple?)。
第1はテクノロジー。ファーウェイが先行する次世代通信規格「5G」が代表例で、米国が自国市場から中国のハイテク製品を締め出し、半導体などの部品供給を禁じる裏で、中国も基幹技術の対米依存を下げようと自主開発を必死で加速させているという。
第2が人材。米政府が中国の学生や技術者の入国を禁じるなど「新たなマッカーシズム(赤狩り)」のような現象が静かに進んでいる、としている。
第3が投資で、米企業の買収やベンチャー企業への投資の門戸が閉じられようとしている、との指摘だ。
第4が資本市場。報道された株式市場からの中国企業除外などが、これにあたる。
第5が通貨。中国人民銀行(中央銀行)はデジタル人民元の発行を急いでいるが、これは米国の金融制裁にさらされるドルへの依存を下げるためだ、という。
相互依存を深めた世界第1位と2位の経済大国が関係を絶つなど、少し前なら想像しづらかった。
だがラッド氏はデカップリング論は、自己実現的な予言となる可能性を秘めているとみる。
こんな論法だ。
デカップリングの可能性が言いはやされると、米中の当局者は万一に備えて危機対応計画を作る必要に迫られる。
そして、ひとたび計画ができると、それが使われる危険は高まる。
相手国が先制攻撃をしかけてくるとの懸念から、互いが十分な証拠もないまま行動をとる衝動に駆られるからだ。
では、なぜデカップリングのような発想が出てきたのだろう。
世間を騒がせている貿易戦争に目がいきがちだが、本質は中国がグローバルな大国に浮上したためだとみるのは米ブルッキングス研究所の中国・アジア研究者のポラック氏とベイダー氏だ(Looking before we leap: Weighing the risks of US-China disengagement)。
中国が米国の商業、政治、そして安全保障上の利益を脅かすとの懸念が根っこにあり、今や米国の対中政策は国力の増大をどう遅らせるかに重心が移っているという。
中国の台頭が米国の力を低下させ、やがては超大国の地位から引きずり下ろすとの悲観的な見方も当局者の間で広がっており、それがデカップリングを正当化させているとも指摘する。
中国の当局者は、米国の疑念を払拭しようと必死だ。論客でもある楽玉成外務次官は、国際関係の学会で「中国は米国に挑戦することも、取って代わることも望んだことなどない」と発言した(Le Yucheng: China Has No Interest in Hegemony or Power Games)。
中国は多極的な世界を望んでいるとしたうえで「米国との覇権争いなど考えたこともないし、権力闘争に興味もない」とまで言い切った。
むろんトランプ政権の対中強硬派は、こうした主張を一笑に付すだろう。
対中強硬派が脅威を感じているのは、技術振興をはじめ国家が経済活動に深く関与する中国の仕組みそのものだ、と指摘するのは香港在住の著名エコノミストでビジネスマンでもある単偉建氏。
対中貿易戦争には貿易赤字の削減だけでなく、中国の経済発展を遅らせ、地政学的な競争相手となるのをけん制し、さらには中国に変化を迫る複合的な狙いが込められていると分析する(The Unwinnable Trade War)。
ならば米国の圧力を受けて中国が国の仕組みを変える可能性はあるのか。こと中核の技術戦略に関してはまったく望み薄だとみるのが米ハーバード大の中国経済史の研究者で、米オバマ政権や中国のアリババグループでも働いたことのあるジュリアン・ゴーツ氏だ(China's Long March to Technological Supremacy)。
同氏によると、中国の技術への思い入れは少なくとも毛沢東まで遡る。急速な近代化を成し遂げ、中国に技術支援していたソビエト連邦のフルシチョフ第一書記は、米国に「追いつき、追い越す」ことが自国の目的だと公言していた。
感銘を受けた毛沢東は同じ意味をもつ「●(走へんに干)超」を国家目標の中核に据えた。習近平(シー・ジンピン)指導部のハイテク産業育成策「中国製造2025」もその延長線上にあり、言葉で何を言おうが中国は悲願達成に向け一歩も譲歩はしないだろうとの見方を示す。
その前提に立てば、デカップリングの可能性は格段に現実味を増し、しかも長期化すると分析するのが、米戦略国際問題研究所(CSIS)だ。
ゲーム理論を用いて、米中の出方を研究したプロジェクトの結果を公表している(Beyond the Brink Escalation and Conflict in U.S.-China Economic Relations)。
これによると中国政府は経済体制を見直した場合の損失と、米国との対立を続けた場合の損失をてんびんにかけ、前者がはるかに高くつくと判断する。
一方、米政府は対立が続けば自身より中国のほうが深刻な被害を受けるから譲歩してくるはずだと信じ、やはり対立を継続する。
この力学のもとで対立はエスカレート。
互いの不信感が募ってやがて一線を越え、「互いに望まずとも少なくとも部分的なデカップリングは不可避になる」と結論づけた。
懸念されるのは、そうなった場合の影響だ。
「大惨事を招く」とみるのは単偉建氏。合計で世界経済の4割を占める米中は互いが最大の貿易相手国でもあり一心同体。
それを引きはがそうとすれば、世界経済の成長率が鈍り、サプライチェーン(供給網)が壊され、物価は跳ね上がり、テクノロジーやインターネット、情報通信の分割によって技術革新も阻害されると予想する。
その過程で、トランプ政権が中国をドル取引から締め出すなど金融面の分断策に動く可能性もあり、そうなれば損害は関税引き上げなどの比ではないとの見方も出ている(Locking China Out of the Dollar System)。
米ヘッジファンド運用会社ブリッジウォーター・アソシエーツを率いる著名投資家レイ・ダリオ氏も、米政権が金融面の米中分断に大なたを振るう可能性に言及し、その場合は中国が保有する米国債の売却に踏み切り「悲惨な結果を招く」と警告した(The Threat to Limit Capital Flows to China and Pending Impeachment Conflict: Next Logical Steps in a Classic Dangerous Journey?)。
だが相互依存が進んだ世界経済で、要の二大大国がきれいに分断できるのだろうか。否定的な見方もある。
CSISのスコット・ケネディ氏らは米中の関係は「電気のプラグ」とは違い、接続しているか断絶しているかの白黒には割り切れないと強調する。
例えば米政府が中国との関係を絶つよう企業に求めても思い通りにはならないだろうといい、実際、禁輸措置がとられたファーウェイに対しても、多くの米企業が国外拠点を通じて半導体などを供給していると指摘する。
それでも米政府が無理にデカップリングを進めようとすれば、むしろ米国が孤立すると同氏はみる。
カギを握るのはアジアの各国だ。
最近来日した米ジョンズ・ホプキンズ大学のケント・カルダー教授は筆者に対し、米政府が中国との関係を絶つようアジアの国々に迫っても、「中国と経済面で密接につながった各国にその選択肢はないだろう」と述べた。
さらに「(歴史的に中国と対立している)ベトナムですら難しい」として「デカップリングは実現しない」との見方を示した。
実際、アジア各国は衣料品から電子機器、自動車に至るまで、中国を中心に国境をまたぐ広大なサプライチェーンを構築している。
だから「中国政府を敵に回せばアジア全体を敵に回す」と説くのは豪ローウィー研究所のリチャード・マクレガー氏だ。
「米国が広範な経済戦略を示すことなしに、アジアの友好国が米中のデカップリングを受け入れてくれるとは想像しにくい」(Why the US should not simply decouple from China without building new partnerships)
仮に踏み絵を踏まされれば、アジアの各国や企業に相当の混乱が広がるはずだ。
では、米中がデカップリングに至らないためには、何ができるのか。
論者たちの提言はおおむね一致している。ラッド氏の言葉でいえば「管理された戦略的競争」だ。米中が協力できる分野とできない分野を定め、可能な部分で協力するとの内容だ。
ハーバード大教授のダニ・ロドリック氏も、北京大学国家発展研究院の姚洋院長ら米中の著名な専門家と共同で、両国の「平和的な経済共存」への枠組みを提唱している。
やはり米中が政策面での対立項目と交渉の余地のある分野を特定する点がミソだ。
これにより中国は経済発展に必要な産業政策を続け、米国は雇用やテクノロジーを守る。
利害を管理し、米中対立が世界に波及するのを防ぐのだという(US-China Trade Relations A Way Forward)。
一方、中国専門家のゴーツ氏は、米政策当局者は中国の技術をまとめて隔離するのではなく、民間主導の技術分野と、国家主導でかつ軍事利用される公算が大きい分野とを仕分けして扱う必要性を訴える。
いずれの提案も、複雑化した対立の構図を解きほぐして透明化し、衝突が制御不能となるのを防ぐのがポイントだ。
問題は果たしてトランプ政権が理性的に振る舞う気があるかだ。この点は心配だ。
一例を挙げれば、米グーグル元会長のエリック・シュミット氏が11月に米議会の要請を受けてまとめた人工知能(AI)と国家安全保障に関する提言(National Security Commission on AI Releases Interim Report)。
中国についてスパイ活動や技術の盗難は防ぐ必要性を訴えながら、人材、投資、企業の交流、機器の調達などで中国との関係を絶ってしまうと、むしろ米国の研究活動に悪影響をもたらすと注意を呼びかけた。
経済と安全保障のバランスに腐心した形跡がみてとれた。
だが報告書の提出を受けたエスパー米国防長官の講演は、まったく対照的だった。
「北京政府との協力は好ましからざる結果を招く」と強調。
中国による監視など「非倫理的なAI利用」をやり玉に挙げ、そこに技術を提供する多国籍企業も一刀両断にする内容だった(Remarks by Secretary Esper at National Security Commission on Artificial Intelligence Public Conference)。
【記事中の参照URL】
■Remarks by Vice President Pence at the Frederic V. Malek Memorial Lecture(https://vn.usembassy.gov/remarks-by-vice-president-pence-at-the-frederic-v-malek-memorial-lecture/)
■Remarks by Henry M. Paulson, Jr., on the Risks of an "Economic Iron Curtain"(https://www.paulsoninstitute.org/press_release/remarks-by-henry-m-paulson-jr-on-the-risks-of-an-economic-iron-curtain/)
■To Decouple or Not to Decouple?(https://asiasociety.org/policy-institute/decouple-or-not-decouple)
■Looking before we leap: Weighing the risks of US-China disengagement(https://www.brookings.edu/research/looking-before-we-leap-weighing-the-risks-of-us-china-disengagement/)
■Le Yucheng: China Has No Interest in Hegemony or Power Games(https://www.fmprc.gov.cn/mfa_eng/wjbxw/t1710501.shtml)
■The Unwinnable Trade War(https://www.foreignaffairs.com/articles/asia/2019-10-08/unwinnable-trade-war)
■China's Long March to Technological Supremacy(https://www.foreignaffairs.com/articles/china/2019-08-27/chinas-long-march-technological-supremacy)
■Beyond the Brink Escalation and Conflict in U.S.-China Economic Relations(https://csis-prod.s3.amazonaws.com/s3fs-public/publication/190925_Goodman_BeyondBrink_WEB.pdf)
■Locking China Out of the Dollar System(https://www.project-syndicate.org/commentary/trump-china-trade-war-financial-flows-dollar-by-paola-subacchi-2019-10)
■The Threat to Limit Capital Flows to China and Pending Impeachment Conflict: Next Logical Steps in a Classic Dangerous Journey?(https://www.linkedin.com/pulse/threat-limit-capital-flows-china-pending-impeachment-conflict-dalio)
■U.S. Doesn't Need to Break Up With China(https://www.bloomberg.com/opinion/articles/2019-11-14/u-s-china-should-seek-managed-interdependence)
■Why the US should not simply decouple from China without building new partnerships(https://www.scmp.com/comment/insight-opinion/united-states/article/2174084/why-us-should-not-simply-decouple-china)
■US-China Trade Relations A Way Forward(https://cdn.shanghai.nyu.edu/sites/default/files/bookletversion3.pdf)
■National Security Commission on AI Releases Interim Report(https://www.nationaldefensemagazine.org/-/media/sites/magazine/03_linkedfiles/nscai-interim-report-for-congress.ashx?la=en)
■Remarks by Secretary Esper at National Security Commission on Artificial Intelligence Public Conference(https://www.defense.gov/Newsroom/Transcripts/Transcript/Article/2011960/remarks-by-secretary-esper-at-national-security-commission-on-artificial-intell/)
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侮れない米中「デカップリング」論
Global Economics Trends 編集委員 西村博之
西村 博之 Global Economics Trends
2019/12/8 2:00日本経済新聞 電子版