世界のヒストリカルファゴット奏者②
続き
※この選出は古楽ファンである僕の独断と偏見によるものです。
⑤パオロ・トニョン(Paolo Tognon)
16世紀から17世紀後半までの、ファゴット(ドゥルツィアン)のレパートリーを数多く録音している人であり、研究者です。もちろんバロックファゴットやクラシカルファゴットの録音も沢山あります。
演奏は正確さや指のテクニックが完璧という感じではないですが、肉声のような音色で、音楽に適したダブルタンギングや装飾もとても美しいです。
高校生の時に両親がお土産で買ってきてくれた二枚のCDのうち一枚がトニョンでした。(もう一枚は現BBC交響楽団の首席であるRobert Giaccagliaのヴィヴァルディの協奏曲集)
これは僕が初めて手にしたヒストリカルファゴットのCDでした。解説に載っているドゥルツィアンの写真を見たとき、「滑稽な形の楽器だな」と思ったのを今でも覚えています。また、こんな変わった楽器に人生をささげる音楽家もいるのかあ、とも思いました。
今自分がそれをやっているという!!!!
内容はディエゴ・オルティスのディミニューションとベルトーリのソナタ。この時代の音楽は僕にとって未知でしたが、これまたスルメのような演奏で。いつの間にか収録曲の順番がわかるくらいまで聴いていました。
彼の編集したベルトーリのファゴットソナタ集(1645)の楽譜は世界中で使われています。これは全てが超絶技巧を要する曲集で、現在絶賛ガンざらい中です。
パオロ・トニョン ドゥルツィアン
アントニオ・ベルトーリ: ファゴットの為のソナタ集より ソナタ セスタ
ピエトロ・パスクィーニ ヴァージナル
⑥クリスティアン・ボイゼ (Christian Beuse)
現ベルリン古楽アカデミーのファゴット奏者で、アーノンクールのコンツェルト・ムジクス・ウィーンなどの名門オケの奏者を歴任しています。ドイツのさまざまな学校で教授もしています。
ヴァロンと同じく、彼についても長い間、演奏を知りつつ名前は知りませんでした。ただ、ベルリン古楽アカデミーにすごいファゴット奏者がいる、という認識を持っていました。何がすごいかというと、月並みな表現ですが存在感です。彼の通奏低音はオーケストラに溶けながらもエッジが効いていてグルーヴがある。以前大御所の演奏家の方とお話ししたときに、「良い通奏低音を演奏するファゴット奏者はオクターブ下が鳴っているように聴こえる」とおっしゃっていました。彼の演奏からはそのようなものが感じられます。いつか会ってみたい奏者です。
クリスティアン・ボイゼ※だと思われる
バロックファゴット(オケ中での通奏低音)
ヘンデル:水上の音楽より
ゲオルグ・カールヴァイト コンサートマスター
ベルリン古楽アカデミー
この録音では本当に1オクターブ下でコントラファゴットが鳴ってます。イヤホン推奨。
⑦ヴァウタ―・ヴェシューレン (Wouter Verschuren)
現アムステルダム・バロック管弦楽団の首席奏者です。僕が日本でアムステルダム・バロックを聴きに行ったときはいつも彼が吹いていました。数年前からコンタクトをとっていて、すみだトリフォニーの舞台裏でレッスンをしてもらったこともあります。
独特の雑音を含む音色は賛否両論あるそうですが、僕は大好きです。彼を始め最近のヨーロッパでは多くのリコーダー奏者出身のファゴット奏者が古楽界の重要なポストについています。
リコーダーから入ってくるファゴット奏者はモダンファゴットから入ってくる奏者とは違うアプローチをしている人が多いように感じます。基本的にモダンファゴット出身の奏者は音色も解釈も、現代からさかのぼって古典やバロックにアプローチしているような印象です。一方、リコーダー出身の奏者は、より古い時代から時代を進んだ先にバロックや古典があると考えている奏者が多いように思います。この違いはとても大きく、彼の演奏するモーツァルトなんかを聴いているとびっくりします。シェイプしまくり、ウィットに富んだ音色やタンギング、装飾沢山。この演奏を聴くと、モダンファゴットでモーツァルトを演奏するときもこのような解釈があって良いんじゃないかなとも思えてきます。
ちなみに彼は初期バロックの室内楽曲から、ロマン派のファゴットソナタまで録音しています。
ヴァウター・ヴェシューレン クラシカルファゴット
モーツァルト:ファゴット協奏曲
トン・コープマン指揮
アムステルダム・バロック管弦楽団
⑧アルベルト・グラッツィ(Albert Grazzi)
イタリア人のヴィルティオーソ。アルフレッド・ベルナルディーニ率いるアンサンブル・ゼフィロでは数々の名演を残しています。オーボエ奏者のパオロ・グラッツィとは兄弟で、彼と共に多くの室内楽曲を録音しています。彼らの演奏はテレビで見たかCDで聴いたか忘れましたが、高校生のころから知っていました。ヴィヴァルディ、ゼレンカ、ファッシュ。ファゴットが超絶技巧を要求される曲をいとも容易く吹いていて、どれもカッコいい曲だなあと思っていました。学部時代、いざモダンファゴットでやってみようとなった時には彼らのようには全然吹けず、キーの少ない古楽器でどうやって演奏しているの??と疑問に思ったものです。
実際古楽器でそれらを吹いてみると、モダンよりスムーズにいくことも多いのにも気づきました。
しかし彼らの演奏技術は異次元です!
アルベルト・グラッツィ バロックファゴット
ゼレンカ: トリオソナタ第五番 ヘ長調
アルフレッド・ベルナルディーニ, パオロ・グラッツィ オーボエ
ロベルト・センシ コントラバス
リナルド・アレッサンドリーニ チェンバロ
⑨ドミニク・テレシー(Dominic Teresi)
おそらく今のアメリカでもっとも知名度のある奏者ではないでしょうか。ターフェル・ムジークバロック管弦楽団(カナダ)を始め、アメリカの沢山の古楽オーケストラで奏者を務めています。ジュリアード音楽院の古楽科の教授でもあります。
演奏はとてもナチュラルで隙が無い感じ。バロックファゴットでもドゥルツィアンでも、とてもまろやかな美しい音を出します。
彼の使っているバロックファゴットはHKICWというドイツのヴォルフ社が作っているコピーで、アメリカやドイツで多く使われている楽器です。実はこの楽器、日本の管楽器専門店ダクが商品化しています。これからの日本でこの楽器を使う人が増えるんだろうな。
彼の録音しているシュメルツァーやベルターリ(ベルトーリとは別)の入った室内楽作品集はとてもおすすめ。
ドミニク・テレシー ドゥルツィアン
マティアス・ヴェックマン: ソナタ第七番
ロバート・ミーリー, ジュリー・アンドリエスキー ヴァイオリン
グレッグ・イングリス サックバット
アヴィ・スタイン オルガン
チャールズ・ウィーバー テオルボ
次回へつづく