「全線再開通」一年延期、「第六只見川橋梁」工法変更
来年度の全線開通を目指して復旧工事が進められているJR只見線。昨日、JR東日本が『第六只見川橋梁の工法変更のため、全線復旧を再来年度上期に、運転再開を再来年度中に延期する』との発表を行った、と地元紙が報じた。*出処:福島民友新聞(2020年8月27日付け)
*参考:拙著「JR只見線全線復旧 正式合意」(2017年8月20日)
同紙の19面には『残念だが仕方ない』という関係者の言葉とともに、不通区間のある金山町町長のコメントが掲載されていた。
今年3月に「第六只見川橋梁」工事現場で岩盤崩落による死亡事故があり、工事が約2ヵ月中断していた事もあり、復旧工事の遅れにより全線開通が遅れる可能性も否定できない、と言われていたが、JR東日本からの正式発表により、現実になった。
JR東日本(東日本旅客鉄道株式会社)の報道発表によると『(引用)工事進捗に伴い、第6只見川橋りょうにおいて地質条件が想定よりも悪いことが判明したため、橋りょうの桁架設のための工法を再検討し、全体工程への影響を精査しておりました。その結果、復旧工事完了時期として 2021 年度中を目途に完了する予定でしたが...(以下、省略)』とし、復旧工事完了見込みを2022年度(令和4年度)上半期、運転再開見込みを2022年(令和4年)中、としたいう。 *出処:東日本旅客鉄道(株)「只見線(会津川口~只見間)復旧工事の完了時期について」(PDF)(2020年8月26日)
同資料には、「第六只見川橋梁」の工法変更について詳しい図が掲載されていて、工期が延長される事が納得できようなものだと思った。
アンカーの進入角が変わり、コンクリートウェイトにより架設用ケーブルを支えるという変更だけでも、橋桁765tの重量を考えると工事関係者の試行錯誤は大変なものだっただろうと考えた。
「第六只見川橋梁」は、上路式から下路式に変更され、最長の橋桁が、旧橋の一間77.5mから、新橋の135.5mに1.7倍長大化する。
「田子倉発電所建設用専用鉄道 工事誌」(注)によると、旧橋もケーブルエレクション工法で主桁が架けられたが、鉄塔が只見川内に設けられた橋脚上に建てられ、橋桁の重量との関係からか、アンカーは右岸(石伏方、現只見方)は本名トンネルの入口、左岸は第4径間に設置していた。
この旧橋と新橋のアンカーの位置の大きな違いを見ると、「第六只見川橋梁」は架け替えとは言え、主桁の架設は過去の知見が活かせない、全く別物の工事だと言える。この工事は現況に合わせながら新しい橋を架けるという調整の難しさがあり、しかも現地は山間の狭隘部で、ダムの直下という地理的条件の悪さも重なっている。
(注)現在運休している只見線の会津川口~只見間は、田子倉発電所・ダムの建設のために事業者である電源開発㈱が設置(工事は日本国有鉄道)した「田子倉発電所建設用専用鉄道」が只見~石伏間を除き転用された
現場の今。
先日、「第六只見川橋梁」の工事現場を代行バスの中から見たが、ケーブルエレクション工法の要となる鉄塔は、右岸にその姿も見られず、ワイヤブリッジは両岸に渡されているだけで、かなり遅れているという印象を持った。すでに下弦材が両岸を繋ぎ、斜材の組み上げに入っている「第七只見川橋梁」との差は歴然だった。
鉄塔が未だ建てられていない右岸では、岩盤崩落事故が発生した本名トンネル上部で、運搬用キャリアケーブルと直吊用メインケーブルの後方策用のアンカー工事が進められていた。
この現場を見て、私は岩盤崩落が発生した右岸の地盤のせいで復旧工事が遅れていると思ったが、前掲したJR東日本の資料では、“左岸の固い地盤が、実際は深かったため工法を変更せざるを得なかった”とあった。
左岸のアンカー設置現場は、新設中の国道252号本名バイパス・本名トンネル本名口で行われている。もともと、ここは只見線の路盤となる盛土と林だったが、只見線本名架道橋とともに、一帯がゴッソリと切削・掘削され、工事が進められていた。
現在、左岸に建てられている鉄塔から伸びるワイヤーは、道路保護工となる巨大な鋼材の覆いの脚材に固定されているため、私は『アンカーを鋼材に固定するのかぁ』と思ってしまっていたが、実際は違っていた。この只見線の路盤を崩し、森林を切り開いた場所にアンカーが設置される事を知り、『硬い地盤が想定より深かった』とするJR東日本の説明は致し方ないと思った。
安全に工事を進め、豪雨による増水にも耐えられる強固な橋を架けるためには、今回の工法変更と工期延長は納得できる。「第六只見川橋梁」が無事に架橋され、列車が安全に走るようになる事が、岩盤崩落事故で犠牲になられた佐藤さん(北塩原村)の供養にもなると思う。
今回の“全線再開延期”に関連して、先月29日、読売新聞が福島県版に『只見線 復旧難航』という記事を掲載していた。「第六只見川橋梁」の工事進捗が思わしくない事から、関係者の発言をふまえ掲載されたものが、そこに『費用対効果 疑問の声』という、復旧工事が進む中で違和感のある別枠の記事があった。
『費用対効果 疑問の声』は福島県包括外部監査人(公認会計士・橋本氏)によって今年3月に作成された「平成31年度 包括外部監査報告書「復興事業に係る事務の執行について」(令和2年3月) 」を元に記されている。全線を鉄路で復旧すると決定する過程でも、“バス復旧の方が利便性が高い”、“鉄路復旧が地域振興に必要なのか?”、“費用対効果があるのか?”という声は聞かれていたが、記者としても、只見線の抱える根深い問題が復旧工事→全線開通の陰に隠れてしまう事を懸念し、この時期に記事にしたのであろうと思った。
今年5月に公表された上記報告書の内容は、全線鉄路復旧を喜んだ我が身にも刺さる内容だった。「JR只見線復旧事業」(p137~p141)の「指摘事項及び意見」(p139)の全文を引用したい。
生活環境部 生活交通課
11-2-3 JR只見線復旧事業
8 指摘事項及び意見
意見
会津若松駅発の只見線は、朝2本、昼1本、夕方から夜4本、計7本(うち、1本は会津坂下までなので実質6本)というダイヤであり生活路線(通学や病院へ通うために利用)である。朝は6時と7時半の2本しかないために、会津若松市に宿泊した旅行者が奥会津(只見)方面へ向かう場合には、宿で朝食を取ってから駅に向かうというスケジュールでは電車に乗れないだろう。旅行者にとって宿を出る時間帯である8時以降の列車ダイヤは昼1時まで全くない。このことは只見線がもっぱら生活路線であり、観光路線等にはなり得ないことを物語っている。特に会津若松駅~会津坂下駅間は学生の乗降客が多いが、会津坂下駅以降の下りは生活路線としても厳しい状況である。特に不通区間となっている、会津川口駅~只見駅間の1日当たり利用者数は平成22年度ベースで49人。同年度ベースの利用者数ではJR線最下位(岩泉線が平成26年で廃線となったため)である。只見線全線では1日当たり370人で、下から8番目の路線ではある。この49人と370人の違いは、会津若松駅~会津坂下駅間の利用者数が圧倒的に多くて、この区間が只見線全線を何とか維持させていることを示している。
生活路線としての只見線の本質を捉えると、会津川口駅~只見駅間を県・会津17市町村負担54億円掛けて鉄路で復旧させる必要はなかったのではないか。同区間はバス代行輸送により生活路線としての機能は維持できている。54億円は別の事業で有効活用できたのではないか。JR東日本がバス転換案で提示した地域振興策のように、古民家を活用した宿泊施設やサテライトオフィスを整備することも可能であろう。若しくは、医師、看護師招致(只見町朝日診療所などの国保診療所や県立宮下病院等)のための費用や、過疎地域でも都会と同じレベルの教育が受けられる受講費用、学習環境整備費用(自習室、図書室整備)など、医療、教育、福祉の分野での活用もできたのではないか。
不通区間の復旧は疑問視するが、不通区間以外の只見線の観光資源、観光振興を否定するものではない。只見線沿線の観光資源はもっと広く知られるべきであり、観光振興も強化されるべきであると思う。しかし、会津川口駅~只見駅間を約81億円(県・市町村負担 54 億円)掛けて復旧しても、年間運営費(平成21年ベースで)2.8億円(県・市町村負担2.1億円)掛かり、老朽化により経費はさらに増えると予想される。更に今後の災害復旧時には全額負担することになる。
同区間が復旧したがために、特に経済的効果が見込まれるものでもない。たとえ、企画列車を運行し、年間3,600人が新規に会津若松駅~只見駅間を往復したとしても、1,216万円(往復運賃@3,380円×3,600人)の収入増にしかならない。運行経費や当該企画のためのプロモーション費用(1千万円単位で予算化される事業)を考えると、実質赤字になるか、あまり経費補填には繋がらない結果になろう。会津川口駅~只見駅間の年間運営費の抜本的軽減策にはならない(なお、運賃収入はJRの収入である。)。
只見線全線復旧という精神的価値に54億円を費やし、年間2.1億円の運営費を毎年負担するよりは、会津川口駅~只見駅間はバス代行輸送にした方が、現実的対応だったと思う。会津川口駅~只見駅間の鉄路復旧、只見線の全線開通それ自体が、特に経済的価値を生む訳ではなく、過疎、人口減少に対する地域振興策でもない。それを望むのであれば、不通になる以前に達成できていたはずである。只見線が1本に繋がってこそ意味があり、機能を発揮すると考えるのは共同幻想にすぎない。約54億円は別の事業で有効活用できたのではないか。
*出処:平成31年度 包括外部監査報告書「復興事業に係る事務の執行について」(令和2年3月) p139~p141 URL:https://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/388324.pdf
この報告書を読むと『費用対効果 疑問の声』は至極もっともだ。
前述の通り、只見線の現運休区間は、電源開発㈱が田子倉発電所建設に必要だと敷設した。これ以前、国鉄は『収支が採れない』と自前でのこの区間の敷設を断念しており、専用鉄道は田子倉発電所建設後に国鉄への譲渡が建設条件だったが、この譲渡の際にも国鉄は抵抗したという経緯がある。また、沿線自治体は県内の高齢化比率上位を占め、少子化も進んでおり、豪雪地帯でもある当地の地域振興が、画期的な効果を上げているとも聞かれない。
この報告書や記事の指摘は、只見線の復旧公費負担54億円、上下分離方式による年間維持費用2.1億円に対する外部監査を越えた、沿線地域への根本的なものでもあると私は感じた。
この懸念を払しょくし費用対効果を得るためには、只見線の利活用事項に関わる関係者の相当の決意と、持続的な熱意が必要だ。
私は、今回の全線復旧の1年延期は、良かった事と思っている。
新型コロナウィルスの影響で、インバウンドを中心に只見線の利用者が減っていることもあり、当初の予定通り工事が進み“10年振りの全線復旧!”、“只見線全線開通50周年の節目に全線再開通!”、と祝う雰囲気が醸成されていないのが現状だ。
また、乗客増や復旧に向けて様々なイベントが行われており、効果が見られるという話も聞くが、税金で支える事になる福島県民に広く周知・認知されるまでには至っていないと感じる。復旧工事完了が1年延びた事で、これら事業や投入される費用の検証と見直しが必要だと思う。
復旧工事が進んでいるこの時点で、県の外部監査報告書や『費用対効果 疑問の声』は関係者にとって耳障りかもしれないが、今一度、運休前に只見線が繋がっていた時の利用状況や沿線住民の只見線に対する意識を精査し、“観光鉄道「山の只見線」”へと生まれ変わるためには何が必要かを再考する必要がある。
インバウンドより、県民やより近い圏域(東京圏)の住民が乗車し、四季を通じて複数回乗車したくなるような列車の調達やイベントの実施。また、“乗る人”側に立った利用しやすいダイヤ設定や駅からの二次交通の整備などが施策として考えられるが、この際、立案に関わるスタッフは自家用車の利用を止め、只見線を利用し、駅から歩いたりレンタルサイクルを利用したりして、観光客目線を徹底するという大胆な手法も必要になるかもしれない。
全線復旧まで、あと2年となった。追加された1年を有効に活用し、“観光鉄道「山の只見線」”の認知度を高め、乗客や沿線の観光需要を増加させる基礎を、関係者にはしっかりと築いて欲しい。
私も、更に沿線を巡り、見どころや名物を発信し、“観光鉄道「山の只見線」”の実現のために必要な問題点や課題、私案を提示してゆきたいと思う。
(了)
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*参考:
・福島県:JR只見線 福島県情報ポータルサイト/只見線の復旧・復興に関する取組みについて *生活環境部 只見線再開準備室
・NHK:新日本風土記「動画で見るニッポンみちしる~JR只見線」
・産経新聞:「【美しきにっぽん】幾山河 川霧を越えてゆく JR只見線」(2019年7月3日)
・東日本旅客鉄道株式会社:「只見線について」(PDF) (2013年5月22日)/「只見線(会津川口~只見間)の鉄道復旧に関する基本合意書及び覚書」の締結について(PDF)(2017年6月19日)
・拙著:「次はいつ乗る?只見線」カテゴリ ー只見線復旧工事関連ー
【只見線への寄付案内】
福島県はJR只見線全線復旧後の「上下分離」経営での維持費や集客・地域振興策の実施費用として寄付を募集中(クレジット可)。
①福島県ホームページ:只見線復旧復興基金寄附金・只見線応援団加入申し込みの方法 *現在は只見線ポータルサイト「只見線応援団」URL:https://tadami-line.jp/support/
②福島県:企業版ふるさと納税
URL:https://www.pref.fukushima.lg.jp/sec/16005g/kigyou-furusato-zei.html
[寄付金の使途]
(引用)寄附金は、只見線を活用した体験型ツアーや周遊ルートの整備、只見線関連コンテンツの充実化等に活用させていただきます。 沿線地域における日本一の秘境路線と言われる観光資源を活用し、更なる利用者の拡大と認知度向上を図ります。
以上、よろしくお願いします。