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M's Blog

安心感を抱くとは、ひとえに快い状態を構成する私たちに拠っている

2012.04.23 05:28

今月中旬に田舎に帰ってきました。空港へ着いてレンタカーを借りる予定が免許証を忘れて急遽、母を訪ねて何千里というような旅となりました。朝四時に家を出てホームへ着いたのはお昼過ぎ、お世話になっている職員さんへ感謝を伝えお部屋へ。

思ったより元気そうでしたが、持病よりもやはり認知症が進んでいました。母自身は自分の名前が◯下というのは理解しているのですが、私がなぜ◯下を名乗っているのか、顔と名前が一致しませんでした。それでも夕方にようやくつながったようです。「私が産んだ、子じゃー」と、すでに亡くなった夫、そして自分のお父さんお母さんも母の中では生きており自分が死んだら葬式を出す人がおらん、と嘆く母。家にも連れて帰ってほんの少しですが時間をともにしてきました。

家族としてホームへ向かうといつも感じるのは時間がゆっくりと流れている中で毎日をおくっていること、母は「何にもすっこつがねっ」と言っていましたが前回帰った時よりもリュウマチの痛みもなく、なにより表情が穏やかになっていたことです。家族としてそんなに難しいこと、私たちでいう根拠をもったケアうんぬんではなくこのような安心が感じれることがなによりありがたいと思いました。

ひとそれぞれが感じる安心は人それぞれに違いがあると思います。しかしそこに共通するのは、安心には安心できる要素があり、不安には不安となる要素があるのだろうと思います。私が感じた穏やかで快い環境、そこにはその人を表す空間、具体的な介助をしてくださるスタッッフの方々、部屋の間取りユニット間取り、匂い、音、光、この一つひとつがあいまって快い状態をつくっているのだろうと考えます。この一つひとつが要素なのだろうと。不安となる状態を作っているのも、この要素と考えます。この中の要素のひとつであるスタッフの対応がまず不快であったらどうでしょう。まず家族は不安を抱き、それが確かめたりお世話になっているからと申し出ることもできない施設の対応が全面にでているような施設であったら安心できるはずがありません。快・不快の視点、快が安心につながる、不快は不安につながるとういうことは家族の立場から見た方向ではあるけれど必要な備えるところではないだろうか。

そうです。実は家族やご本人が感じる快い状態のために、その人を思い部屋を整え、臭いに気づき、その方にとっての介護技術を高め、役立ちたいと思い、自らを振り返り反省し、ときには留まったり、利用者のみせる光をしっかりと受け止めることができるように毎日、実践しているのです。安心感を抱くとは、ひとえに快い状態を構成している私たちに拠っていてその結果によるご本人やご家族からの私たちへの信頼によって私たちもまた支えられているのです。介護保険のサービスの利用は契約の締結により開始します。当の本人が望んで入所している人は誰一人いません。この事実から出発する施設サービスはもしかすると専門的な技術を持つ私たちの専門性や、経験の少なさによって快にも不快にもなる可能性をもっているということを肝に命じていこうと思います。