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純情ヒエラルキー

「カプチーノ・ラブ」:現パロ/刹フェルとライル/ス●バでバイトしてるフェルトに恋する刹那

2018.07.31 15:00

  スマートにやれよ、と俺がスーツの肩をぽんと叩けば、いつもの落ちつき払った低めのアルトがこう答える。 

 「当たり前だ」 

  その声色に含まれた、僅かながらの自信と意気込みに満足して、俺は出入り口近くのカウンター席にひとり腰を落ち着かせた。手にはエキストラ・ホットのソイ・ラテ。真っ白なカップには鮮やかなグリーンで描かれた人魚のマーク。高層ビルが立ち並ぶ街の一角にあるこのコーヒー・ショップは、多くのビジネス・マンが憩う都会のオアシスだ。 

 それは、今俺が肩を叩いて送り出した、あの愛すべき同僚にとっても同じこと。

  春の陽気も麗らかなこの昼下がり。グレーのスーツを着た我が社のエース、刹那・F・セイエイは、淀みない足取りでレジ・カウンターへと歩いて行った。お目当てはいつものディカフェ・カプチーノと…そして、奴が熱い想いを寄せる、春に咲く花のような、あの女の子。

  いた。彼女だ。

  まるで自分ごとのように体に緊張が走るのを、俺は窓際の席に座りながら知る。レジ・カウンターの中できびきびと立ち回る幾人かのスタッフの中に、ミス・グレイスの姿がある。桜色の髪色に、真っ白な肌、冴え渡るようなエメラルドカラーの大きな瞳は、チェーン・ストアの制服であるグリーンのエプロンとよく合っていた。その下に着た白いシャツからは、ほっそりとした首筋と手首が艶かしく覗いていて…誰がどう見たって、美しく魅力的な女性である。そうして、このコーヒー・ショップで働く彼女に心からぞっこんなのが。奴だ。刹那だ。 

  中東の国の生まれ。英才を認められ十七歳でロンドンの大学を卒業し、いくつかの研究機関を転々とした後、俺の勤めるこのニューヨークの会社にお抱え研究者として入社してきた。奴の性格を一言で言うならば。無口で無愛想で世間知らずな学者肌。だがついでに付け加えるとするならば。みんな刹那を、放っておけない。本人にとっては全く意図しないところなのだろうが、『ついついかまいたくなる』、『お菓子をあげたくなる』、『週末に釣りやキャンプに誘いたくなる』、『実家の猫に似てる』…等々のご意見ご感想多数。社内の中では年若い部類というのもあるのだろうが、そんな不思議な魅力のある美丈夫が、刹那・F・セイエイという男だった。

  そして。こうして奴の一世一代のデートの申し込みに立ち会っている俺も、なかなかに刹那を気に入っているというわけだ。恋人である総務課のアニューと協力して、ミス・グレイスから毎日少しずつ情報を聞き出した。十九歳。カレッジの学生。ロシアン・ブルーの猫とふたり暮らし。恋人はいない。好みの男性のタイプは…優しい人。

  カウンターに肘をついて、奴の様子を伺いながら俺は小さなあくびをひとつ。ミス・グレイスは、常連客の刹那に親しげな笑顔を向けており、対する刹那はいつものように無愛想に…無愛想じゃだめだろう、おい。…とにかく、コーヒーを注文している。

  世界で最も有名なこのコーヒー・チェーンを、なんとニューヨークに来るまで入ったことがなかったという刹那。そんな奴を初めて店に連れ出したのは俺だ。店に入り、カウンター越しの彼女の姿を一目見た瞬間、刹那の動きがピタリと止まったのを、俺は昨日のことのようによく覚えている。

『おすすめを』

 花のような笑顔を向けるミス・グレイスに釘付けになりながらも、刹那はなんとか小さな声でそう言って。そうして出てきたローファット・キャラメル・マキアートの甘さに心底驚いて。そうして。  刹那は毎日欠かさず、彼女に会うために店に通うようになったのだ。

  会計を済ませた後、手際よく刹那の注文をカップに書き込んでいた彼女の手が、突然、ぴたりと止まる。俺も頬杖を解いて、固唾を飲んで二人を見る。彼女は驚いたように刹那を見上げると、…みるみるうちに耳まで赤くして。

  窓際のこの席からは、刹那と彼女の会話を聞き取ることはできない。彼女は赤い顔のまま俯いて、刹那はカウンターの左側へと移動する。なんだ、どうなったんだ。にわかに客の増え始めた店内で、二人の様子がよく見えない。 

 「トール・ディカフェ・カプチーノ」 

  まるで自分の名前を呼ばれたかのように、刹那が受け取り用のカウンターに向かう。彼女とは別のスタッフから人魚のイラストが描かれた真っ白なカップを受け取ると、一瞬動きを止めて…そうしてカウンター内で恥ずかしそうに微笑むミス・グレイスを一瞥して、そのまま俺の方へと歩いてくる。俺は心底不安になって、相も変わらず無表情の刹那がこちらに来るのを今や遅しと見つめていた。  どうだった。 

 俺は目で刹那にぐっと問いかける。 

  刹那は無言で、でもどこか誇らしげな表情で、俺にカプチーノのカップを見せつける。 

  『 Yes. 』 

  カップに黒いマジックではっきりと刻まれたその単語に、俺は歓声を上げたのだった。