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純情ヒエラルキー

「ポーカー・フェイス」:2期 / 刹那とライルがポーカーしてる / 刹→フェル気味

2020.08.30 12:19


「ストレート」 

「………」 

「フルハウス」

「………」

「…ロイヤルストレートフラ」

「だああああ!」 

 テーブルの上に思う存分五枚の手札をぶちまけ終わると、俺はその上へと突っ伏した。 

 俺の前に座る鉄仮面のようなポーカー・フェイスが、なんの感慨も思いやりもなく、口を開く。 

「なんだ」 

「なんだじゃねえよ!」

  俺は勢いよく顔を上げて叫んだ。テーブルの上に緩く開かれた刹那の右手。その手のうちにある五枚のトランプカードを、ずびしと指差しながら。

 「つ…強すぎるだろ!アンタ!わっけわかんねえ…」

  全てスペード揃いのロイヤルストレートフラッシュなど、見たことがない。 

「お前が顔に出るだけだ。手札が甘いのも、役付きなのもすぐに分かる」 

 刹那はそう言ってまた淡々と、黒い手袋の指先を器用に伸ばしてカードをまとめ始めた。白いテーブルに散乱するブタ揃いの手札を、俺の腕の下から至極迷惑そうに回収する奴の顔を見ていると、俺の心にふつふつと子どもじみた、妬みにも似た悔しさが顔を出す。おかしい。ポーカーってこんなゲームだったのか。こんな、一人しかいない対戦相手を一方的に凌辱するような行為が? 

 そもそもが、この手持ち無沙汰が問題だったのだ。シュミレーター用の演算処理装置が不調かなんかで、俺たちマイスターはみな一様にコクピットから追い出され。飯を食うくらいしか思いつかず向かったこの食堂で…同じように手持ち無沙汰のガンダム馬鹿が、不味そうに飯を食っていたのである。

  食堂兼談話室を兼ねたこの部屋の片隅に、チェスだのモノポリーだのチグリス・ユーフラテスだのが置いてあるのを、俺は視界の片隅に入れたことがあり知っていた。最も、この艦の禁欲的なクルー達がそれに興じているのは見たこともなかったが。よう、どうせ暇だろ。なんなら付き合えよ。大方断られると思いつつもそう誘った俺に、あいつは愛想のない大きな瞳をやや右側に落としてから。『ポーカーなら』と答えたのだ。


 「…こんなのポーカーじゃねえ…」

  頭を抱える俺をよそに、刹那は次のゲームを始めようとしている。アンティがなかっただけマシだ。もし金など賭けていたら、俺はとっくのとうに丸坊主である。その辺はキャッシュなど意味を成さない、このアナーキーな組織に感謝すべきだろう。 

「飽きたならやめるが」

 「もう一回やらせろ」

  そうして何十回も同じ台詞を吐き出しては、俺はこの男に呆れたような視線を向けられているわけだ。 

 この男の表情はぴくりとも動じない。それはもう恐るべきことだった。だいたいが刹那と二人でゲームをして愉快な気持ちになれるかどうかなんて、考えるより先に分かることである。それでもここまで大人気なくムキになるのは、奴がどんな相手に対してもフラット、悪く言えばマイペースな態度を崩さないことに、俺はゲームを通じて物申してやりたくなったからだと思う。 

 ゲームは見事に尽きた。俺が平凡なツーペア、奴が見事なフラッシュを場に広げると、食堂には俺のうめき声だけが響く。

 「本当に、…俺はもっとお前を、」 

 弾劾したいよ、刹那。 

 頭を抱えながら、俺は口の中でそう呟いた。こんな訳の分からない組織に連れてきて、仲間となるべきクルー達は皆揃って俺を兄さんと間違えて、気まずそうに視線を泳がせたりする。それなのに、こいつと来たら思慕も悔恨の情も憐憫もすっ飛ばしたポーカー・フェイスで、ただ俺を『ロックオン・ストラトス』とのたまう。そんな頭のイカれた、どこかメーターが振り切れっぱなしのこの男が、俺は憎くて面白くて、仕方がない。

  だがそれと男のプライドは別の話だ。もはやポーカーなんてどうでもいい。どうにかしてこの鉄仮面を剥がしてやりたい。刹那が知らない話題、あまり得意でなさそうな話題… 

 頭に浮かんだそれを実行に移すのは早かった。 

 「…そういえばさぁ」 

 意外と鮮やかな手つきでカードをシャッフルする刹那を見つめながら、俺は世間話でもするような口調で牙を剥いた。

 「惚れてたんだってな、兄さんに」

  刹那は何も答えない。俺は懐から煙草を取り出して火をつけると、一服入れてから無遠慮に続ける。 

「フェルト」 

 ほんの微かに刹那の手さばきが澱むのを、俺は確かに見た。奴がちらりと顔を上げる。誰がそんなことを言ったんだ、その瞳が俺に問いかけていた。 

「ハロが。…この前格納庫でばったり会ってさ。俺を見る目があんまり可愛かったから、ちょいとちょっかい出してキス…」

  した、まで言えなかった。

  鼻先に、手袋に包まれた黒い拳が現れたからだ。 

 固く握り込まれたそれが、あとすんでのところで鼻筋をへし折っていたと思うと。その生あったかい血の妄想だけで俺は生唾を飲み込んだ。やがて拳が緩く解かれると、長い指が俺のくわえ煙草をちょんと掴む。 

「このヤニ野郎」 

 いつも落ち着いた音程で俺を呼ぶその声が、今はドスの効いた男のものに変わっていた。顔。刹那の顔はというと。申し訳ないが表現するのも恐ろしいのでここでは割愛する。ポーカー・フェイスではないということだけは確かだ。 

 刹那が苛立ちを隠さずにぴっ、と煙草を引き抜くと、俺の背中を氷か何かを滑らせたような汗が流れ落ちた。 

  その時。

  神か天使かと思った。ティエリア・アーデとアレルヤ・ハプティズム、頼れるマイスター両名が食堂兼談話室に現れたのだ。 

 二人は俺たちの只ならぬ様子を見ると顔を見合わせたが、大方俺の喫煙を刹那が諌めたのだろうと思ったらしく、やれやれといった感じでこちらに近づいてきた。

 「ロックオン・ストラトス。艦内は禁煙だとあれほどー…」 

 麗しき教官殿のお言葉は、俺と刹那が顔を突き合わせているテーブルの上の様子を見て、ぴたりと止まった。

 「……刹那とポーカーをしたのか?…なんて無謀なことを…」 

「や、やっぱりこいつ強いよなぁ?よかった、俺が弱いんじゃなくて」

  未だ煙草を取り上げたまま微動だにしない刹那を無視して、俺はへらへらと笑った。だがティエリアは心底呆れたようにため息をつくと、無表情で立ち尽くす刹那をちらりと見た。 

「彼のイカサマはもはや神業の域だ。四年前も誰も見抜けなかった。ニールすらも」 

「は?」

 「え?刹那、イカサマだったのかい?!」

  呆気にとられたのは俺とアレルヤだ。刹那はようやく俺の煙草を下ろすと、何も言わずに灰を俺のマグカップに落とした。あの、それまだ中身入ってるんですけど。

 「…賭けごとの類なら、昔よくやらされた。負けると面倒だから自然と覚えただけだ」 

 刹那はそう不機嫌に言うと、煙草をそのままマグカップの中に放って、普段の奴の仕草よりかはいくらか乱暴な足取りで部屋を出て行った。

 「…僕がどれだけ負けたか…」

  そう言って悲しそうに肩を落とすアレルヤを横目に、ティエリアが厳しい視線で俺に向かってこうのたまう。

 「何か刹那を怒らせるようなことを言ったのか」

 「…えーっと、」

  俺は目を泳がせた。どこからどこまで話せばいいんだろう。一から十まで全部話せば、可愛い女の子に当てつけでキスした俺は間違いなく独房入りだ。それとも、あのポーカー・フェイスを崩す方法を見つけたんだとか言って、あとは適当にやり過ごしてしまおうか。テーブルの上に残る五枚のカードは、やっぱりどれも役に立ちそうもなかった。