ブラインド・テイスティングを科学的アプローチで考える その⑤「嗅覚の重要性」
前回は右脳と左脳を交互に使い分けていくことがブラインドテイスティングでは重要であることをお話をしました。ブラインドで右脳を効果的に用いるには 五感を上手に利用することが必要です。五感とは味覚、嗅覚、視覚、触覚、聴覚であり、テイスティングでは聴覚を除く感覚をフルに用いているはずですが、私はブラインドで特に重要な感覚は嗅覚だと考えています。何故嗅覚が重要なのでしょうか?
嗅覚の重要性
人間の感覚の中で最も受容体数が多いのは嗅覚であり、特に高い能力が備わっています。香りから刺激され導かれる信号は記憶を司る前頭葉に直接達し、記憶されやすいと言われています。香りを嗅いで昔の記憶が蘇る、そんな経験をされた方は多いと思います。ただその一方であまり重要視されていない感覚というイメージもあるのではないでしょうか。日常の中で香りを言語化する機会が少ないことが影響していると私は考えています。皆さんはテイスティングの練習でワインのコメントをすることがあると思います。ワインの香りについて最初にコメントしたとき、うまく表現することは出来ましたか?多くの方はなかなか言葉が見つからず苦労したと思います。私も最初の一言を発するのに勇気を振り絞ったことを覚えています。ブラインドで正答を導くためには如何に香りの情報を引き出し、言語化できるか重要なポイントであるため、そのためのトレーニングが必要です。
香ると飲むの絶対的な違い
ワインの香りはとても繊細です。ppm,ppb,pptが香りの濃度の測定で用いられる単位ですが、これは10万分の一、10億分の一、10兆分の一を意味しています。例えばアンモニアの嗅覚閾値は1.5ppmであり、1Lの中に1.5mgのアンモニアがあれば匂いとして認識されるという意味になります。ちなみにコルクのカビ汚染であるTCAの嗅覚閾値は10pptという単位になり、5mgを25mプール(500トンの水)に垂らした濃度ということになります。このような超微量な物質を香りとして感じ取れることができる嗅覚の能力は凄いですよね。ワインから発せられる香りを出来る限り情報として収集する必要がありますが、これはワインを飲む前に十分行う必要があります。
ではワインを飲むことについて少し考えてみましょう。人間が口に含む量は一口10ml~15ml(10g-15g)であり、先ほどの嗅覚で感じる量と比較するとその差は桁違いです。これだけの量を口に含むと人間の感覚は強い刺激を受けるでしょう。微量な物質を捉える嗅覚の正確さにも著しく影響するはずです。私の経験上ではワインを一旦ワインを口に含んでしまうと、強い味覚からの印象によって飲み込む前に得られていた嗅覚からの情報がマスクされ、冷静に評価することが出来なくなるように思っています。つまりワインを口に含む前に、十分に香りから得られる情報を評価した後にワインを口に含むべきだと私は考えています。実際に私はブラインドをする際に、ワインを飲む前に香りだけで候補となる品種の仮説を立てるようにしています。ワインを飲まずに香りだけでワインを当てることが私の永遠のテーマです。
また過去にブログで紹介しましたが、ワインを体内に入れる際に生じるレトロネーザルという戻り香を感じる人間の構造も理解する必要もあります。次回のブログではブラインドをする際にレトロネーザルをどう捉えるか?考えていきます。
2016年9月24日に行われた第5回アカデミー・デュ・ヴァン杯。幸運にも2連覇することが出来ました。振り返ってみるとこの時がピークだった気が・・・(笑)
左から吉田先生、近藤さん、和田さん、私、石川さん、大塚さん。
和田さん、大塚さんは今ではアカデミー・デュ・ヴァンの人気講師です。