全力で立つ
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【今、なお、国を憂う「ヨイトマケの唄」美輪明宏の存在感】
ジャーナリストの筑紫哲也、悪役が似合う個性派俳優の成田三樹夫、そして美輪明宏が同じ1935年生まれである。筑紫と成田は既に亡くなり、いま、美輪だけが健在で、艶然と微笑んでいる。
美輪とは何度か対談したが、2013年の全国縦断コンサートのためのパンフレットの対談相手に指名されたのは光栄だった。
「心の中に、差別の意識があるから、差別に聞こえるんだ」
その前年の大晦日の「紅白歌合戦」で美輪が歌った「ヨイトマケの唄」は、特に若者たちに衝撃を与えた。
美輪が作詞作曲のそれは、
♪父ちゃんのためなら エンヤコラ
母ちゃんのためなら エンヤコラ
も一つおまけに エンヤコラ
と始まる。
姉さんかむりで、泥にまみれながら、土方として働く母親の姿に励まされたという歌だが、美輪の圧倒的な存在感は、とりわけ若者の全身を揺さぶったのである。電気ショックを与えられたと言ってもいいだろう。
「あまりの反応のすごさに、逆にこちらが衝撃を与えられました」と美輪は笑っていた。
歌い終わったとたん、ネットに火がついた。悪口しか書かれない「2ちゃんねる」でも絶賛されたのである。
「いままで親不孝していたことに気づいて親孝行しようと思いました」とか「金髪の変なオカマだと思っていました。スゴイ人だったんですね。ごめんなさい」とか、いろいろ書き込まれていた。
中には「バケモノ、死ね」といったものもあったが、そうクサしている人を「そういう根性の曲がったやつには、この歌の良さはわからんだろう」と批判している書き込みもある。「本当におもしろい時代になったものだ」と美輪は思った。
「ヨイトマケの唄」は民放で放送禁止になっていた。NHKはOKである。
民間放送連盟の倫理委員会が、これを差別の歌とした。
貧しい家の子どもを汚いものと見ているとか、ほとんど言いがかりにしか聞こえないような難癖をつけられた。
「あなたがたの心の中に、そういった意識があるから、差別に聞こえるんだ」と美輪は言い返したが、差別を直視しなければ差別がなくならないことは自明の理だろう。
長崎出身の美輪は東京に出て来るまで差別など知らなかったという。
「私は幼稚園でも小学校でも、肌の色や目の色が違う人たちと机を並べていたんです。つまり、韓国人や中国人であったり、二代、三代前がオランダ人、ロシア人といった家の子どもだったんですね。そういったことが、ごくごく普通で、当たり前の環境だったんです。ですから、差別なんてことがあるのだとは全然知らなくて、東京に来た時、なんて野蛮なところなんだろうと思ったんです」
美輪は長崎に生まれて本当によかったと思った。
「私は人を見る時、容姿や容貌、年齢、性別、国籍、服装、肩書といったことを一切吹っ飛ばしちゃうんです。私の実家はお風呂屋をやっていたんですけど、子どもの頃、お風呂場をのぞいてみると、裕福な身なりの人であっても、裸になると雑巾のしぼりたてみたいな気の毒な裸をしていたり、その反対に、貧しい身なりのヨイトマケのおばさんが彫刻みたいな素晴らしい身体をしているわけです」
こう語る美輪は、子ども心に「着ているものって何なんだろう」と思い、人を見る時に、着るものを見ないで、その人の裸を見る癖がついた。本当の姿、中身を問う習性を身につけたのである。
忌まわしい戦争の時代への危機感
美輪は10歳で敗戦を迎えるわけだが、その直前に軍人たちが、「みんな、玉砕の覚悟をしろ。1億玉砕、天皇のために最後の1人になるまで戦って死ぬんだ」と言うのを聞いて、変だ、と思った。
もし、1億玉砕で最後の1人まで死ぬということなら、皇室も全部滅びて、宮城も丸焼けになってしまう。それで美輪は、「1億玉砕というのは、天皇陛下も皇后陛下も死ぬってことですか?」と尋ねた。途端に、「馬鹿者!不敬である!」と怒鳴られたが、美輪は、「不敬はテメエだろう」と思った。
「そう言ったんですか?」と私が聞くと、美輪は「さすがに、そこまでは言えません」と笑った。
言ったら殺されるからだが、向こうがタジタジとなったのは表情でわかったという。
石原慎太郎についてどう思うか、と水を向けると、美輪は「特に話題にするほどの方でもないかと思いますが」と文字通り一笑に付し、「いま、大阪市長の橋下徹という人の子分になっていますよね。まあ、どちらが親分で、どちらが子分かはわかりませんけど」と私がさらに尋ねると、「佐高さん、何か私に言わせようとしていませんか」と逆に問い返され、「自分の言いたいことを、美輪明宏が言っているというふうにしようという魂胆がありませんか?」と叩き込みを食わされて、私が「いえいえ」と否定すると、「けれども、そうはいきません」と終了のゴングを鳴らされた。
話題を転じて、「あの、美輪さん、ちょっと危ない話なんですけども」と切り出したら、「佐高さんのお話は、いつも危ないお話ですよね」と笑われたが、いま、暗殺して世の中が変わるような政治家はいない。もちろん、暗殺は否定するが、安倍晋三にしても、とてつもなく小物なのである。
2013年秋のコンサートの「御あいさつ」に美輪はこう書いている。
「今、世の中は、あの忌わしい第2次世界大戦争の前あたりに似て来ています。新聞ラジオ等のメディアが、軍に協力して、国民の戦昂揚をあおり立て、軍国主義国家になり、勝ち目のない無知無謀な戦争に突入して、案の定、日本はボロボロの敗戦国になってしまったように、自民党に圧勝させ、憲法9条を変えさせ、軍隊をつくり、軍事国家にしようとしている風向きに思えてなりません」