秋のはじまり
たぶん今、目には見えないところで、
ものすごい変化が起こっている感じがする。
それは、わたし自身の変化でもあるし、
世界全体の変化でもありそう。
昨晩から起きた、久しぶりの頭痛は、かなり激しくて。
(額が割れる~!という感じ。割れてないけど(笑))
なかなか寝付けないくらいの痛みで、今日の昼過ぎまで続いた。
まるで満月に合わせたかのように…。
そして、朝はこれまた久しぶりに、泣きながら目が覚めた。
「ああ、なにかが起きてる…」と、涙をぬぐいながら思ったけれど。
決して悪い感じではない。
むしろ、いい感じ。
ちょっとしんどい体感をしながら、
遠くに見えるちいさな波が、この先、
大きくなっていくだろうな…という感じがして、
それがなにかわからないのに、
ワクワクした感じだけが湧き上がってきた。
目に見える世界でも、
すごく変化しはじめている。
日本の政権交代とほんとうにぴったりのタイミングで、
姉家族の変化も起こってきた。
だから、あっちも絶対王政が崩れて、地方分権だね、
なーんて、笑いながら話している。
自分で自分の生きている世界を変えられると知った時、
不幸から抜け出せる道が開けるのだけれど。
姉家の子どもたちはその道を、もう歩きはじめている。
ほんとうに、ほんとうに、うれしい!!!
お正月には、
ゲームざんまいで、すべてに不貞腐れてた子が、
明るくなって、優しくなって、
自分で進路を考えたり、
ついには自分でバイトを見つけてきたり。
親のために、いい子をしていた子が、
言えずに溜めていたことを、
ちゃんと親にぶつけることができて。
自分で決めた進路を、自分で開きはじめて、
やっぱり明るくなって、さらに強くなった。
子どもの成長は、ほんとうに素晴らしい。
わたしも、助け合いながらも、自立しよう、と、
子どもたちから、改めて教わる。
うまくいかなくて、こんがらがって、10年以上経つから。
正解とか、正しさを求めはじめたら、
ほんとに嫌になっちゃうことばかりだけれど。
ツギハギでいいから、なんとか乗り越えちゃえば、
もうそれで充分。
「やったね!」って、ハイタッチしたい。
そんな風に、
他にも変化が起きてるのだけれど…。
振り返れば、
変化の準備は整えられていた。
というか、
気づいたらそうしていた。
ここ数年の夏休みは、
インドで瞑想とお祈りの日々を送っていたけれど。
こんな状況で行けなくなって…。
でも落ち込むことも、ショックもなく、
すんなり「そうだよね」と思えた。
そして、夏休みに入る前に、
祖母から母に贈られた着物や、
インドで手にした神様グッズなど。
自分にとって、すごーーーく大事に思っていたものを、手放した。
今が「なるべくゼロになるタイミング」だと感じたから。
その感じは、
飼い猫のお骨を手放したときに似ていた。
そこからやっぱり、
わたしの世界観が変わった。
言葉にするのが、すごく難しいのだけれど…。
神様とか宇宙とか自然とかの世界の中に、
ポツッとちいさく人間の世界があるような感覚で生きていたのが、
もっとぜんぶが混じり合って、
人間臭くなったようで、神様ともいつもいるような、
なんとも不思議な感じになってきた。
いわば、聖と俗に境目はなく、いつもともにある感じ、かな?
そうしたら、やりたいことが変わったようで、
自然と、ずっとやりたいと思いつつ手をつけてなかった、
車の練習をはじめて。
疎遠だった姉との交流もはじまって。
気になってたけれど、やれてなかったことをやったら、
わたし自身の日常はあまり変わってないのに、
違う流れに乗りはじめた感じがしてきた。
今は、その流れに「委ねる」って感じが強い。
そしてそこになぜか、安心感と、
「ただいま」と言いたくなるような、
帰っていくような感じがしている。
予感ばかりだけれど…。
なんだか胸がいっぱいなので、
言葉にしてみた、
秋のはじまりなのでした。
笑いと、
生きる喜びと、
愛おしさと…。
そんなものが世界に満ちてくるといいな~!
と、
虫の音を聞きながら、
自分の望む世界をイメージしています。