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のらくらり。

長男と末弟の"おやすみなさい"

2020.09.03 12:30

初めて一緒に眠るアルルイ。

寝ぼけてアルバート兄様の寝室に潜り込むルイスは可愛いと思う。


アルバートは物心ついたときから個室で一人眠っていた。

生まれ落ちた家が伯爵という身分高いものだったから部屋数には困っておらず、次期当主として厳しく躾けられたのだから甘えることなど許されなかったのだ。

父とも母とも一緒に寝たことはないし、育ててくれた乳母もアルバートが寝入るのを見届けると早々に退室していたのだから、アルバートに限らず貴族家に生まれた子どもは皆そうだっただろう。

人肌はあまり得意ではなかったし、誰かと一緒に過ごすこと自体もすきじゃなかった。

だから完全寮制であるイートン校はアルバートにとって都合が良く、権力と成績を持ってして個室を奪い取ったのは記憶に新しい。

そんなアルバートだからこそ、ウィリアムとルイスという子どもを引き取ったとき、二人まとめて同じ部屋に押し込めたことを申し訳なく思ったものだ。

けれどそれ自体は二人にとって何の障害もなかったと知ったのは、屋敷を燃やしてしばらくのホテル住まいを余儀なくされたときのことだった。


「わざわざ同じベッドで寝るのかい?」


医師の診察を終え、警察からの事情聴取と現場検証を済ませてようやくホテルに辿り着いたのは随分と夜も更けた頃だった。

色々あった日なのだからシャワーは朝にしてすぐ休むべきだろうと、アルバートは二人をベッドへと連れて行ってはよく休むように言い聞かせたのだが、二つ並んだベッドのうち一つに潜り込もうとするウィリアムとルイスを見てつい声を出してしまった。

驚くアルバートを見て、何かおかしいことをしただろうかと、ウィリアムは首を傾げてはルイスを見る。

ルイスもルイスでその声に驚いたようで、肩を上げてはウィリアムの衣服を掴んで身構えていた。

ウィリアムはともかく、ルイスはまだアルバートのことを信用しきっていないし警戒を残している。


「何かおかしいでしょうか?」

「いや…二人は仲の良い兄弟なんだね」

「…いけませんか?」


ムッとしたように唇を尖らせるルイスはアルバートにとって見慣れた表情をしていて、思わず苦笑するしかない。

それでもその表情は以前に比べれば幾分か和らいだものではあるのだが、気付くのはウィリアムのみである。

ルイスをあやすようにウィリアムは小さな手を握りしめ、アルバートへと向き合った。


「アルバート様に引き取られるよりも前から僕とルイスは一緒に寝ていたので、おかしいことだとは思っていませんでした。貴族は一人で眠るのですか?」

「少なくとも僕やあいつはそうだったかな。誰かと眠ったことはない」

「なら、僕達もそれに倣った方が良いでしょうね」

「え」


もうすでに成り代わったとはいえ、元々の習慣を全て捨てて貴族として生きるのは難しいことだろう。

アルバートが全面的にサポートするけれど、ウィリアムとルイスには覚えてもらわなければならないことがたくさんある。

孤児にしては物腰穏やかで覚えの良い二人だから大きな心配はしていないが、それでも常識だと思っていたことを疑うことから始めなければならないのは大変だろう。

だが彼はあっさりと自分の常識を捨てて「ウィリアム」として生きるべく、最善の道を進もうとしているのだからさすがの一言だ。

そうせざるを得ないとはいえ、それを苦とも思わないのだろう。

かつて生きてきた自分をあっさりと殺してしまった狂気がいっそ怖いほどである。

それを恐ろしい気質だと哀れむよりも先に、子どもらしく戸惑うルイスの存在がアルバートの心を平常に戻してくれた。


「今日から一人で眠るのですか?」

「おいおいね。しばらくは一緒に寝よう」

「は、い」


アルバートにしてみれば一人で眠れない人間など甘ったれた子どもに過ぎないのだが、二人にとってはそれが普通だったのだから揶揄するわけにもいかない。

ウィリアムだけを頼りにするルイスの存在は、整った二人の容姿も相まって見ていて悪いものではなかった。

下心と打算でしか人と関わってきたことのなかったアルバートにとって、純粋な兄弟愛を垣間見せる二人の姿は物珍しくも興味深いものなのだ。

二人にとっての常識なのであれば普段通りに眠ってもらうのが一番だろう。


「余計な口を挟んですまなかった。色々あった日なのだからよく休むと良い。今後のことは明日にでも話そう」

「分かりました」

「僕は隣の部屋で寝ているから、何かあればいつでも起こしてくれて構わない」

「はい。おやすみなさい、アルバート様」

「おやすみ、ウィリアム」

「…おやすみなさい、アルバート様」

「おやすみ、ルイス」


非という非でもなかったはずだが、アルバート自ら謝る様子に驚くけれどあくまでもフラットにウィリアムは返す。

彼が従来の貴族とはまるで違う人間であることは観察の末に理解していたことだ。

元よりそういう人間なのだろうと思えるけれど、ルイスにとっては驚くべきことらしい。

慌てた様子で挨拶をしたけれど、アルバートが部屋を出て行った後でウィリアムの手を引いて前のめりで喋りかけた。


「アルバート様が、僕達にすまなかったって言っていました!」

「そうだね。それほど気を悪くしたつもりはないけれど、ちゃんと自分の非を認めて謝罪出来る人なんだろう」

「僕が言ったおやすみなさいにも返してくださいました…!」

「良かったね、ルイス」


アルバートのいない空間、ウィリアムとルイスの兄弟は一つの毛布に包まって言葉を交わす。

ルイスは今までに見知っていた貴族とは違うアルバートに戸惑いながらも受け入れようと懸命なようだ。

弟の微笑ましい様子に安堵したウィリアムだが、貴族はこうして誰かとともに眠ることはないらしい。

そうなるとこの細くて不安定な体を抱きしめて眠ることもいずれはやめなければならないのだろうか。

ルイスは嫌がっていたけれど、ルイス以上に自分の方が拒否してしまいそうだと、ウィリアムは自分よりも頼りない体を抱きしめては瞳を閉じた。




いつまでもホテル暮らしをする訳にもいかず、三兄弟は以前から交流のあったロックウェル伯爵に誘われるまま彼の屋敷に居候することになる。

貴族ゆえの純粋なる高飛車はあれど裏のない人柄は疑うまでもない。

そこそこ信用に値する人間だとウィリアムに進言すれば、短時間で観察した結果から見ても隠れ蓑にするには良い人材だと判断されていた。

アルバートとウィリアムが許すならルイスはそれに従うまでだと、拠点を変えることに何の抵抗もなかった。


「ではおやすみ。よく眠るんだよ」

「はい。おやすみなさいアルバート兄さん」

「おやすみなさい、兄様」


伯爵の厚意で、というよりは貴族ゆえの常識で、三兄弟はそれぞれ個室を充てがわれている。

それでもウィリアムとルイスが部屋を抜け出して一緒に眠っているだろうことはなんとなく気付いていたけれど、二人がよく休めているのならばそれで良いとアルバートは思っていた。

愛しい弟二人が幸せそうに眠っている様子は大層可愛らしい。

いつまでもあのまま仲睦まじくあってほしいものだと、アルバートは一人ひんやりしたシーツに包まっていた。


「…ん〜……」

「……」


そうして静かに眠っていたところ、ふいに部屋の扉が開けられた。

ジャックに鍛えられたことで眠っていてもある程度の警戒は怠らないようになっていたため、アルバートは意識を覚醒させながらも油断を誘うために眠っているふりをする。

この屋敷の中でアルバートに謀反を働く人間はいないと思いたいが、想定が甘かっただろうか。

ぱたぱたと響く小さな足音を聞き、布ずれの音を耳に入れながら、侵入してきた人物に意識を集中させる。

日付も変わった遅い時間に訪ねてくるなど、襲撃か色事かの二択だろう。

どちらであろうと容赦はしない。

寝返りを打つフリをして常に枕元に隠している小型ナイフを手に取り、アルバートは段々と自分に近付いてくる人間を見やる。

すぐには夜目が効かなかったけれど、見える影から察するに子どものようだ。

小さな体はアルバートでなくても簡単に抑えこめてしまいそうだった。


「んん…ん」

「…るい、す?」

「んー…」


この屋敷に子どもなど自分達しかいない。

ロックウェル伯爵の子息は留学中であるし、だからこそ兄弟の居候を許可してくれたのだから。

しかもアルバートは子どもと表現するには成長して青年期に差し掛かっているため、子どもらしい子どもといえば弟であるウィリアムとルイスしかいない。

そのことに気付いた瞬間アルバートはナイフを置いて警戒を緩めたのだが、侵入者は構わず足を進めてベッドの中へと入り込んできた。


「…さむい…んん」

「…………」


毛布を持ち上げることなく体を動かすだけでアルバートのベッドへと侵入してきた小さな弟は、冷たい手足を隠すように体を丸めて横になった。

突然の出来事に驚いたアルバートは、暗がりの中で少しでも視覚からの情報を集めようと垂れた目を見開いてはルイスを見る。

小さい体をますます小さくさせるような姿勢は体温を保つためか、それとも急所である体の中心全てを隠すためか。

アルバートの驚きにも気付かず、ルイスは毛布で鼻先までを隠してすぅすぅと寝息を立て始めた。


「…(これは、一体…)」


すぐ隣、軽く腕を伸ばせば触れてしまうような距離で寝息を立てている弟がいる。

直近の診察で頬のガーゼは外しても良いと許可をもらったため、痛々しい火傷の跡にはそのまま淡い金髪がかかっていた。

月明かりの中でその金髪がぼんやり光っているようで、青白い肌の上には長い睫毛が影を落としている。

微かに聞こえる寝息がなければ、整った容姿と病的に白い肌が見せる顔は精巧なビスクドールのようだ。

それほどに生気を感じさせない寝顔はゾッとするほどに美しくて、幼さゆえの危うさを秘めていた。


「ルイス…?」


本当に生きているのかと、思わずアルバートがその肩に触れて声をかけるがガウン越しに触れた体があまりに冷たくてまた驚いた。

心臓を患っていた影響で体温を保てないことは知っていた。

だが、さほど寒くないだろう今この時期において「寒い」と言い、毛布を頭までかぶる勢いで包まれようとするのも無理はないだろう冷たさだ。

ますます持って今自分の隣にいる彼は等身大のビスクドールではないのだろうかと、アルバートは恐る恐る確かめようとする。

けれどアルバートの声にも手にもルイスは反応せず、その手に抵抗することなく横を向いて丸まっていた体が真っ直ぐ上を向いた。

顔だけがだらんと横を向いていて、細く青白い首筋が露わになる。

弟のはずなのに人形めいたその姿は不気味な魅力を携えていて、美しいものを好むアルバートを魅了した。


「…ルイス。起きなさい、ルイス」

「……ぅ、ん…」


もう一度、今度は先程よりも大きな声で名前を呼べば、僅かに唇が震えて言葉にならない音を発した。

確かに聞こえたその音にようやく目の前の彼は間違いなく自分の弟なのだと認識出来たアルバートは、安堵したように深く深く息を吐く。

そうして触れた手の冷たさにはっと手を引いてしまった。

こんなにも小さい体なのに、こんなにも冷たいのか。

規則正しい呼吸をしているから眠っているように見えるだけで、これは低体温に伴う気絶に等しいのかもしれない。

ウィリアムとルイスは今までずっと一緒に眠ってきたと言っていたが、それはもしやルイスの安眠を確保するために温めようとしていた名残なのだろうか。

勘が鋭く状況判断に長けているアルバートは、すぐさま弟二人の過去を的確に把握しては目の前で意識をなくしているルイスを見た。

小柄な体に似つかわしくない狂気と覚悟には圧倒されている。

ウィリアムのために在ろうと常に努力していることも知っている。

だからこそ、今これほど無防備な姿で自分の目の前にいることが信じられなかった。

一体何の目的で自分の寝室に来たのだろうか。

侵入してすぐベッドへと潜り込んだことから、もしかするとここがアルバートの部屋だということすら認識していないのかもしれない。

寝ぼけていたがゆえに、ただ部屋を間違えたのだろうか。

警戒心の強いルイスがそんな真似をするだろうかと、アルバートが細い手指を己のそれと絡めて体温を移そうと温める。

鍛えているおかげでそれなりに筋肉が付いているアルバートの体温は、ルイスと比べれば格段に高いだろう。

少しでも心地よく思ってくれれば良いけれど、と思いながら握っていると、ルイスからも弱く握り返された。

そうして瞳を閉じている小さな顔を見つめていると、少しだけ睫毛が震えたかと思えば徐々に目蓋が上がっていく。


「……アルバート、兄様…?」


焦点の合っていない瞳はそれでも月明かりの中で映えて美しい。

色味はよく分からないが、淡い金髪と白い肌に見合った綺麗な赤い瞳だということは知っている。

だが今更ランプを灯してその色を確認する気にはなれなかった。

暗がりの中でその色を想像することもまた楽しいものだと、アルバートは心の中で興に目覚める。


「ぇ…あ、あの、何故アルバート兄様が…」

「…ここは僕の部屋だよ、ルイス」

「え、えぇっ!?」


赤いだろう瞳がアルバートの姿をしかと映し出し、ルイスの意識が間違いなく覚醒したと思えば、すぐにルイスは起き上がってしまった。

部屋の内装を見渡して自室でもなければウィリアムの部屋でもないことを確認し、アルバートが自分を拐うはずもないと当たり前のことを認識すれば、この状況は自分の失態ゆえなのだということは明白だ。

トイレに行こうとウィリアムの腕を離したことは覚えているが、そこから先の記憶が曖昧だった。


「す、すみません、寝ぼけていたみたいで…すぐ部屋に帰ります!」

「待ちなさい」

「あ、アルバート兄様…」


兄様に迷惑をかけてしまった、と分かりやすく顔に書いてあるルイスを見て、アルバートの心にはいい知れない優越感が渦巻いていた。

警戒心の強い末っ子が、ウィリアムではない自分の元に来たかと思えば自然な様子で寝入ろうとする。

初めて出来た弟にそんなにも懐かれた様子を見せられて嬉しくないはずもなく、アルバートは握っていた弟の手を離さず引き寄せては言い聞かせる。

人形めいた小さな弟は、ウィリアムだけでなくアルバートの庇護をも求めているように思えた。


「ウィリアムに断ってから、またここへ来なさい」

「ぇ…」

「随分と冷えている。今夜は僕が温めてあげよう」

「え、あ、の…?」

「それとも、ウィリアムでない僕では嫌かな?」


勢いよく左右に頭を振って拒否するルイスを見て、アルバートは愉悦に満ちた声を漏らす。

初めて自分の手元に来てくれた可愛い弟なのだから、一晩愛でて過ごすのも悪くはない。

ルイスは嫌がっていないのだし、ウィリアムの許可さえあれば一度くらいは構わないだろう。

欲目からだろうか、恥ずかしそうに、けれども嬉しそうに上目で自分を見つめるルイスの髪を撫で、早くウィリアムに許可を貰って帰っておいで、と言って小さな弟を廊下においやった。




(に、兄さん、あの)

(遅かったね、ルイス。冷えただろう?早く休もうか)

(そ、それが…僕、間違えてアルバート兄様のお部屋に行ってしまっていて、今晩は兄様が一緒に寝てくださると言ってくれて)

(…アルバート兄さんが?)

(…はい)

(ふぅん…そう。ルイスはどうしたい?)

(え、僕は…兄様なら、一緒に寝たいです、けど)

(そうか。じゃあ言っておいで)

(え?)

(眠れなかったらいつでも帰ってきて良いから、今夜は兄さんに甘えておいで)

(は、い…)

(おやすみ、ルイス。行ってらっしゃい)

(おやすみなさい、兄さん…行って、きます)