「日曜小説」 マンホールの中で 3 第三章 7
「日曜小説」 マンホールの中で 3
第三章 7
「どうももう一人お客さんがいるようなんだ。爺さん何か心当たりあるかい」
次郎吉は、久しぶりに善之助のところに来ていた。裁判所の中に潜んだこと、そして裁判所の裁判官や事務官が通る通路のに忍び込んだところ、他のカメラが仕掛けられていたということを正直に語った。
「いや、心当たりはないが、この前小林のばあさんに聞いたら変なことを言っていたのを思い出したよ」
「変なこと」
「ああ、しばらく次郎吉が来なかったから、裁判の期日を聞いたんだ。来月の10日というから、約一カ月ある。まあ、私はそのようなことを聞いても、一緒に宝石屋に行ったんだから怪しまれるようなことはないのだし、その裁判の相談も老人会でバックアップすることになっているから、聞くのは普通のことなんだが」
善之助は、なんとなく自慢げに言った。目が見えない自分が次郎吉位負けずにできることというのは、当然に、表の世界で全くあやしまれずに様々な人と話して情報を得ることである。当然に、プロである次郎吉とは観点が違うが、しかし、素人には素人なりの観点もあるし、また、その素人なりの発想が次郎吉の役に立つこともあるのだ。そのように考えたら、また自分のやるべきことが見えてきた気がするのである。
目の見えない老人にとって、自分のやるべきことが見つかるということほど生きがいを見つけたことはない。まさにその生きがいを次郎吉がしばらく来なかったおかげで見つけられたような気がするのである。次郎吉には感謝しかない。
「それで、何が変なことなんだ」
「いや、それが裁判の期日を他の人にも聞かれたというんだよ」
「他の人、それは誰だい」
「もちろん、郷田の関係とか宝石屋の関係ではなくて、なんと川上さんの関係者だというんだ」
「川上、誰だ」
次郎吉は全く覚えていなかった。川上などという人は今まで誰も出てきていない。東山の関係者というのあらばなんとなく理解ができるがそうではないというのである。
「覚えていないのか、川上さんだよ。あのマルの宝石を時田校長の代わりに持っていた、川上郷の郷長の家だよ」
「ああ、期の上の鳥小屋に宝石を隠していたあの家か」
「ああ、そうだ。どうもあの家の分家の関係者というものが、裁判のことに関してかなり気にしているらしい。何しろ、この東山の財宝のことに興味がある人間ならば、今、あの裁判所にサンカクとヨンの宝石がそろっていることは知っているのだ。それだけにもしもそのことを川上が知っていて、そして自分のところにマルの宝石が残っていると思えばどうなる」
なるほどと次郎吉はうなった。確かに善之助の言う通り、このことを知っているのは自分たちと郷田だけではないのである。そもそも、東山の家の者も当然に知っていておかしくはないし、また、もともとの時田の家、そして、小林の家、そして今回話題になっている川上の家も知っていておかしくはない。そのうえ、その時の事情を知っている一族ではないのは、善之助と次郎吉だけなのである。
「もしかしたら、あの宝石が表に出たら、何かが発動するとか、誰かが動くとか、そのようになっているのではないか。ほら、映画でもあるじゃないか。何かを守るのに、騎士団とか、そういうような守る人がいて、普段は全く見えないけれども、何かあった時にはその騎士団が結集して外敵から宝を守るみたいなやつ」
なにか、財宝を探すという映画に必ずといってよいほど出てくる「財宝の守り人」という存在。もしかしたら、小林のばあさんは他家から来た人だから知らないだけで、本当はそのような何かがあるのかもしれない。小林の息子ならば知っているかもしれないし、また、川上の本家ならば知っているのかもしれない。
そうであれば、川上家が小林家に裁判の日取りなどを聞いたのは良く納得できる、つまり、財宝の守り人の間の何らかの暗号があり、当然に小林のばあさんがそのことを知っていると思ってきたのに違いないのである。そうであれば、小林のばあさんのところに行ってそのことを詳しく聞いてみなければならない。また、それをしなければ、全く予期していなかった守り人チームと戦わなければならない。そうなった場合は、郷田は郷田自身の組織がありなおかつ、組長の郷田雅和が知らないうちに入っている「財宝の守り人チーム」がある。善之助と次郎吉は必然的に二つの組織を敵に回してしまうどころか、善之助にしてみれば、味方であると思っていた小林のばあさんが、敵に寝返るということになってしまう。つまり今までの情報がすべて敵側に移ってしまうということを意味しているのである。
「確かにそのようなものがあるのかもしれないな」
「ならば小林のばあさんに……」
「教えてはくれんだろう」
あきらめた表情で善之助は言った。
「なぜ」
「そりゃそうだろう。まず知っていれば当然に今までのうちに教えてくれていたに違いない。今まで教えてくれていないならば、当然に話すつもりはなく、初めからこっちの情報をもらいに来ているということになろう。それならば、初めからだましに来ているのだから、正面から聞いても知らせてくれるはずはなかろう。一方、そんな悪意はなかったとする。そうであれば、他家から嫁いできた小林さんには知らせないというような何らかの取り決めがあるようなものだろう。ほら、職人技でよくある一子相伝とか、そういうやつだよ。あれならば、小林のばあさんは知らないということになるから、いい手も知らせてくれるはずがないということになる。つまり、どちらであっても教えてくれないということになるんだ」
確かに善之助の言うとおりである。知っていても話さないのであれば、今更急に教えるはずはない。またそれならば郷田のところの宝石屋に行った時に何かあるはずだし、そもそも郷田を訴えるなどということをするはずがないのである。ということは小林のばあさんは本当に何も知らないということなのであろう。
では川上は何故動き出して、小林のばあさんのところにやってきたのであろうか。そもそもどうやって今回のことを知ったのであろうか。単純に郷田が宝石を盗んで捕まったというだけで動き出したとは思えなくなってきたではないか。
「爺さん、確かに爺さんの言うとおりだな。ならば、川上の方を一回調べてみる必要があるようだ」
「なるほど、私も協力するが」
「ああ、小林さんから、その川上の関係者というのが何を聞きに来たのか詳しく聞いてくれるか。それと、川上の関係者が誰なのかということだな」
「川上の関係者を聞いたらいいのだな」
「ああ、こっちはこっちで調べてみる。それと……」
次郎吉は言うかどうか迷った。
「なんだ、遠慮しないでくれ」
「爺さんが昔警察にいたから聞くのだが、あの郷田の一族の中で、川上とつながっているものがいるのではないかと思ってな。というのも、郷田が逮捕されて、それをだ誰かが関係者に相談に行ったとしか思えない。小林は違うからだれか関係者が川上につながっているものがいると思う方が正しい。」
「なるほどな。調べてみよう。暴対に聞いてみればわかるはずだ」
「ああ、頼む」
そういうと、いつものように缶コーヒーを飲み干して、音もなく次郎吉は出ていった。